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いくら命を平等に、そして均等に扱うものであるとしてもその裁量一つで善くも悪くも傾く。
かつて、一人だけ冥官を―――碧哉を怒らせた存在があり、その男は永劫の生の苦しみを巡り続けているのだという。
「そう、だな。……じゃあ、そろそろ戻る、給金は今日の支払いで構わない」
「いでっ……。しかし安くつくなあ君は、ありがとね」
盆と珈琲の注がれた三つのカップを携えて、薫は頭の上に乗っていた潛を肘で払うと、厨房を後にした。
「なんだ、華維の。俺が引っ込むまでてっきり引っ込んでいると思ったんだがな」
「なんだ冥官。私が来たら都合の悪い顔でも見せていたのか?それはまた珍しいなあ?」
「なんだ、幼子の頃はよく泣いていた子犬娘がよく吠える。腹でも減ったか、なにか恵んでやろうか?」
「ほう? それはいい事を聞いたな」
「―――」
一触即発な雰囲気になったところを紅が抑えようとしたものの、冥官の一言によって薫が優勢に回る。
霊波が生まれつき少なく、特霊術の都合上食べる量が日々増える薫に何かをご馳走するということがどれだけまずい事かを今更になって思い出した翠鳴が、珍しく表情を歪めた。
「ふふ、若い若い」
小さく笑みを漏らし、潛は厨房へと引っ込んだ。
次代冥府の官吏は、初代よりも様々なものが危うい状態にある。
一つの体に、二つの存在を持つということは元来であれば禁忌に等しく、普通の人間であれば互いが反目し合うため、ゆっくりと自滅する道を歩んでいく。
翠鳴と碧哉が四百年にも近い時を共に過ごせているのは奇跡に等しく、互いが互いを認め合い、受け入れ合うだけの度量がなければならない。
それでも。
冥府の長である閻羅が彼らを癒着させたということは、意味はある。
だがそれを語るのは自身の役割ではないと潛は目を伏せた。
紅は喧嘩する薫と初代冥府の官吏を見て、堪らずに笑みをこぼす。
そう、彼らはどう足掻いても、やはり人であることには代わりない。
思っていたよりも―――。
否。彼らの方が思っていた以上に普通で、人らしく、人以上に人間くさいのだ。
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