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板戸の隙間からそっと中を覗くと、翳んだ鏡が鈍く月のように光を反射していた。
「ツキカゲニ、ワガミヲカフルモノナラバ、ツレナキヒトモアハレトヤミム」
口をついて出た歌は、あまりに感傷的じゃないかと自己嫌悪に陥りつつ、正面の板戸を開け放つ。
本殿と拝殿を一体化した小さな社で、常駐の宮司がおらず普段は無人である。
正月と祭事の時には拝殿を開け放ち、隅々まで掃き清め榊も替えるが、今日のところは床の拭き掃除まで出来れば上出来といったところだ。
片付けられていない榊やら紙垂やらが目について、暗闇に浮かんだ月の姿は瞬く間に消えた。
古い木材の匂いと、少量のケモノ臭が埃とともに舞い上がる。
屋根裏に住み着いたムササビだかなんだかの親子は元気にしているだろうか。
昼日中なので息を潜めているのか、眠っているのか、裏山の烏の騒ぎ立てる声がやけに煩くて気配は感じ取れなかった。
軋む床板に小春日が影を長く引く。
無人の社務所から持ち出してきた箒と塵取りで掃除を始めると、瞬く間に辺りは埃で煙った。
いつからだろう、誰もいなくなってしまったのは。
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