霧彦

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確かに本物の人間の群れの中にいきなり紛れ込むのが、彼らにとってはいかに難しいかと説かれれば、致し方ないが……もう少しひっそりと行ったらどうなのか。 そんな文句はいくらでもあるのだが、霧彦はたいそう気立てのいい烏でもある。 そろそろ嫁でも娶る歳になったろうに、そんな気配もなく霧彦は無邪気に朱に絡んでくる。 毎日必ず一度は社務所に顔を出し、買い出しを請け負ったり、掃除をしたりと良く働いてくれる。 既に少年の姿に戻って、甲斐甲斐しく社務所の台所で薬缶に火をかけている姿は、ただただ健気である。 「霧彦はまた大きくなった?」 朱の胸くらいまでだった背丈が、いつの間にやらつむじが見えない高さにまで伸びている。 「母ちゃんが、他所で物を食うなって怒ります」 「そりゃ、そうだろうね。」 彼が大食らいなのは朱も知っているが、小腹が空いたと言っては人の子に化けて、近所の年寄りのところでおやつを貰っているのはあまり良いことではない。 最近の彼の烏姿もなかなかのものだ。 あまり、烏から離れすぎた生活はして欲しくない。 まあ、すくすくと育つことは良いことだけれど。 その、すくすくと育ち盛りの烏達は、千都世から貰った稲荷寿司を目当てに、境内を所狭しと埋め尽くしている。 千都世はどうやら朱の好物を覚えていたらしい。 溜息をつく暇も、喜べない再開のことも、ひとまず後回しにしなくては。 「で、足りるのかねぇ……お寿司」
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