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「あ、お湯!」
洗い場に戻すためか、食べ終わった小皿を手にして、霧彦は社務所の奥に消えた。
お茶まで入れてくれるらしい。
よくできた子である。
その隙に、朱は自分の分の一つを、元の重箱にそっと戻した。
西陽の差し込む境内は、烏達が帰ってしまうと、急に冷え込む。山の風はまだ冷たい。
薄い胸元に、すうっと冷たい風が沁みた。座敷の奥に散らかしてあった羽織を羽織ると、本殿に向かった。
供えた小皿を回収してしまわないといけない。
静まり返った境内に、小学校の下校時刻を知らせるチャイムの音がうら寂しく響いた。
賽銭箱の上には、先ほどと何1つ変わらず、小皿に乗った稲荷寿司が2つ置かれている。
どなたも口にはして下さらなかった。
神使の供えたものを、主が口にしないなんて事、あるのだろうか。
胸の奥が、冷たい。
襟元をかきよせて羽織を手繰ったが、暖かくなど決してならないと知っている。
その時、手水場の奥で人影が動いた。
普段は人気もないため、手水場の水は止められているのだけれど、その奥、両の目を見開いてじっとこちらを伺っているのは、小学校高学年と思しき女の子だった。
朱と目があってしまい、凍りついた様にそこにいる。
今時珍しくもないが、すらりと伸びた手足と、背中に背負ったランドセルがどうにもミスマッチな感じの、綺麗な子だ。
少女は、現れた青年の姿をかなり胡散臭そうに見ていたが、自分の不振さにも気づいたのだろう。慌てて背筋を伸ばすと「こんにちは」とぎくしゃくと頭を下げた。
真っ直ぐな長い髪は後ろで一つに束ねられていて、肩からするりと滑り落ちた。
たまらず朱も軽く会釈する。
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