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縁側でお茶をすすりながら、しばし日が陰る様をぼんやりと眺めていた。
緊張した面持ちで稲荷寿司を頬張る二人の姿に癒されつつ、朱は社務所の台所で見つけたスルメを裂いてかじっていた。マヨネーズがないのが残念でならない。
不躾にならないように、ちらりと横目で少女を伺う。
初めは、見知らぬ人物に呼び止められて、食べ物までもらっている事に、罪悪感と不審さのないまぜになった顔で硬くなっていたが、食べ慣れない稲荷の味と、同年代と思しき霧彦の姿に、少女は気を許した様で、ポツリポツリと境内にいた経緯を話し始めた。
一方の霧彦は、初対面の相手を前に、傍目にもわかるくらい膝が震えている。
残念ながら、二つ目の稲荷寿司の味はほとんどしなかったのではなかろうか。
先ほどまでの若衆頭としての威厳は、湯呑みから立ち上る湯気とともに吹き飛んだらしい。
「今朝、お母さんと喧嘩してうちに帰りたくなくて……今日、家庭訪問だったのにすっぽかしちゃったんだ」
聞きなれない少女の言葉の語彙に、霧彦は目を丸くする。
この顔をすると、烏にしか見えない。
もしくは、豆鉄砲をくらった鳩だろうか。
ぱかりと開けたままの大きめな口にスルメを突っ込んでやり、「家庭訪問」についてそっと霧彦に教えてやる。
彼女がずっと泣きそうな顔をしていたのはそのせいだったのかと思い至る。
「お母さんも、先生も心配してるね」
「……知ってる」
何か言いたそうではあったけれど、少女は言い返さなかった。
それでも、言葉と裏腹に、全身で帰りたくなさそうにしていた。
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