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「そろそろ、帰ります」
思い切った様に、縁側から降りると、少女は意を決した様に告げた。
けれど、「早く帰りなさい」と、諭される前に逃げようとでもしているようで、まっすぐ帰るとは到底見えない。
「クァ…あああああああのさ、なみゃ、な、名前、なんて言うの?」
霧彦は、ちょっとびくつきながら口を挟む。
、若干、噛みすぎというか地が出ているが、良い質問である。
「設楽永遠子……です。」
「とわこ」
いきなり霧彦が呟くので、呼び捨てかよ、とちょっと突っ込みたくなったが、嬉しそうにしている霧彦は可愛らしい。
永遠子の方も満更ではないらしい。
「設楽さん、私は朱。この子は霧彦」
ほうっと見上げた目が、何を言いたいのかはわかったけれど、朱は気づかぬふりをする。女性は大概、朱にこんな顔をする。
「朱さん、霧彦くん」
確認する様に、口にする永遠子の声に、霧彦がぷるりと身震いした。耳まで赤く染めている。
「霧彦、今日は設楽さんを送って行ったら君もお家に帰りなさい」
意地悪かなと思ったけれど、完全に好意のつもりで背中を押した。
「かあっ??」
「かあって何。返事はハイでしょう」
「でも、あの、お重をお返ししたり……」
ベタすぎる霧彦の返事と、狐問題をすっかり忘れていた自分に内心舌打ちしつつ、それでも朱は若者の背中を押す事にした。
「明日、私が返すよ。設楽さん、霧彦は帰るだけだから一緒に連れてかえってやってもらえる?」
二人のやりとりに目を白黒させていた永遠子は、朱の勢いに飲まれて、頷いた。
結局霧彦は「また戻ってきますから!」と言い置いていくのを忘れなかった。
「設楽さん、またおいでよ~」
朱がひらひらと手を振ると、永遠子は頬を染め、ぺこりとお辞儀した。
「朱先輩の、人たらし……」
流れる髪を、霧彦は惚けたように見つめているかと思ったら、朱にちゃっかり悪態をついている。
「ご馳走様でした」
まあ、この子がしっかりしてるから大丈夫かな……。
ナンバ歩き気味になっている霧彦の緊張が、永遠子の心を溶かしているのが微笑ましい。朱は二人の後ろ姿を見送った。
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