寝床

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洗い場で、千都世から預かっている重箱と湯呑みを片付けていると、永遠子を送って行った霧彦が帰ってきた。 朱がニヤニヤしているので、霧彦は頬を膨らませた。 「朱先輩は、時々母上に似ておられます」 褒め言葉と受け取っておこう。 「君は、帰らなくていいの?」 「……足の震えがおさまったら帰りますよ!」 「君が正直すぎて、私は今胸が痛いよ」 「心にもない事をっ。お陰様で、オレは今夜は眠れません」 「楽しくて何よりだね」 初めて純粋に人と話したからなのか、もっと別の心持ちのためなのか、まだ霧彦には分からないはずだ。 分からなくてもいいし、分かってもいい。 朱はそれを生暖かく見守りたい。 今夜、知恵熱でも出さないと良いのだけど。 「そろそろ、帰りなさいね」 じき、日も暮れる。お母様が心配するよ、と続ける。 「母上に、寝床が狭いって怒られました」 「ええっ」 「社務所、お一人で淋しくないですか?」 「オレ、泊まりましょうか?」と、冗談でもない口調の霧彦に、狭くなるからやめて欲しいと真顔で答える。 「そんなに嵩張りますか」と、本気で凹んでいる。 「息子なら、邪魔なくらいでちょうど良いんだよ」 フォロー出来たのかは自信がない。 「でも、最近帰ってないから大丈夫です。」 何が大丈夫なのかわからない。 確かに、親にべったりという歳でもないが、霧彦の家族は特殊である。 もともと烏は親元を離れると若烏だけで群れを作って行動する。霧彦は確か五歳にはなるはずで、随分前に親離れもして、若衆頭として群れの中で暮らしているはずだ。 けれど、あの母親が息子をそうそう簡単に手放すとは思えない。 そう言えば、最近朝から境内をうろついているのは、帰っていないからなのだろうか。
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