稀有忌山奇譚

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「こっちに越してきて、そういうのいくつかあったよ。『ハセコー通りを真っ直ぐ行った先』とか言われるけど、いっくら地図見てもそんな道無いの。終いには『何遍言ったら分かる訳!?』とかキレられちゃったりとか」 喫茶店のテーブル越し、向かいの瑠璃は大きめの瞳をくりくりさせながら訴える。 僕は答える。 「正式には東幹線道路って言うらしいね。長谷川工業がある通りだから地元民はみんなそう呼んでる」 「おかしいよね。あとさ、和志のやつ人の食べてるもの味見させてって時に『ちょっとくれてご』とか言うんだよ。上から目線っぽくない?終いには『ばっかうまいっけ!』とか言うし。意味わかんない」 頬を膨らませて小言を続けている。 瑠璃と僕は県内の大学に春から入学した同期生。 お互い二浪したのと、強引な勧誘により同じサークルに入った事で、よく話すようになった。 「あれはさ、『バカ美味い』。この場合のバカは方言で『最上級の』だよ」 「へんなの」 瑠璃は県外から来た為、まだこの地方の文化に疎い。 カラカラン 「いらっしゃいませー」 ドアが開き、店員の声が響く。 「ようやく『バカ』が来た」 入り口に首を巡らす瑠璃。 毒舌の反対に瞳が嬉しそうに細くなる。 目尻に集まった笑い皺に僕はドキリとする。
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