1 - Discovery

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 返答が不十分だったのか、気配が殺気を帯びてゆくのが分かった。若い声の主は相変わらず姿が見えないが、得物をこちらに向けているのが分かる。銃か刃物か、何を持っているかまでは分からない。  「ここは一般人など立ち入れない場所だ。答えなければお前を始末する」  嘘か本気か、抑揚を押さえた声音に男は押し黙る。問いに対し、彼は自分のしてきた事から連想できる言葉を選んで答えた。  「…この辺りを放浪しているただの殺人鬼だ」  暗闇の中でわずかに影が見え隠れしたのを彼は見逃さなかった。問いかけた声の主は何を見たのか、刹那殺気だった気配が揺らいだ。  「僕は迷い込んできた人間を殺すだけだ。まさかそれに先約があったとはな」  「どのみち対象が死ぬ運命に変わりはないから、先約も割り込みも関係ない。…先の無礼を詫びる、すまなかった」  男の回答に納得したのか、あるいは別の理由か。仕事を妨害された事に対する執着がなくなった答えが返された。声の主は一息ついて何かを考えているような間を置いてから言葉を続けた。  「無礼ついでに聞く。あんたは今まで殺し屋に会った事はあるか」  「殺し屋?」  彼は様々な意味を込めて訊いてみる。  「暗殺者という職を知らないわけがないだろう。命令や依頼で動き、対象を確実に始末する。…殺しで飯を食っている人間だ」  そう言い捨てると、声の主は木の陰から姿を現した。暗殺者とは自分が興味をもった対象に姿を晒す事を許すのか。彼は小さな疑問をよぎらせ、すぐに肯定して疑問を打ち消した。  「殺しを仕事としている人間が、現場で同業者や一般人に出くわすのは珍しい事ではない。だがあんたのような特殊な人間に出会う確率はゼロに等しい」  深い蒼をたたえた、夜明けの空を思わせる瞳の色。姿を現した男の目は美しい虹彩を持っていながら、底なしの闇のように暗く沈んでいた。  「ゼロに等しい確率に出くわしたのが、僕を殺さない理由か」  「当たり前だ」  蒼く光ない瞳は足元に目を落とす。目線の先には、彼の目の前にいる男が殺した人間の死体がそこにある。殺し屋を名乗る男はおもむろに小型連絡無線を取り出すと、小さな声で「任務完了」と言った。それを聞いていた彼は、その声が棒読みという言葉以上に感情のない機械的な音という印象を受けた。
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