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「あんた、名前は?」
小型無線をしまうと、機械的な口調が残ったまま蒼い瞳の主は彼に訊いた。
名前を問われた彼は礼儀的な言い方で答えた。
「戸籍上の名前は青井龍輝。僕に戸籍があればの話だが」
事実、彼は戸籍に入れられてない。幼かった頃、ろくに彼と口をきかなかった母がただ一度だけ呼んだ名。あんたの名前は龍輝。青井龍輝よ、と。
「龍輝、か。覚えておく。俺はナハト=ボーテだ」
「ナハト…」
龍輝は口の中で小さく呟いた。
「悪いが時間がない。またどこかで会おう」
ナハトと名乗った蒼い瞳の持ち主は、身を翻して暗い森の闇に紛れて消えた。
間を置かず、突き刺す痛みが龍輝の右腕に走る。その辺りに突き出た枝で切った傷ではなく、明らかに人為的に作られた傷がその右腕に残されていた。
忘れない為の目印かと龍輝は目を細め、流れる血が止まるまでそれを見ていた。
薄暗い部屋に映る二つの人影。一人はナハトだと分かるが、立派な椅子に腰掛けたもう一人の影は、その仕草から老いた男だと分かる。
「任務ご苦労」
「今回は面白い収穫がある」
「ほう…。お前にしては珍しい。聞かせてくれ」
「今日のターゲットを殺したのは俺ではない」
「なに?」
「ターゲットが逃げた先で、そこをなわばりにしている殺人鬼に殺された」
「部外者か。始末したのか」
「いや、生かしてある。公にされていなくとも前科がある以上、目撃した事を口外できる立場ではない」
「…そうか。続けてくれ」
「名前は青井龍輝、戸籍がないらしい。見たところ二十代半ばくらいの男だ」
「お前より幾分年上か」
「殺しの技術は粗いが手慣れていた。恐らく人を殺した数だけなら文字通り鬼だろう」
「まるで殺しの申し子のような誉め方だな」
「…別に誉めたつもりはない」
「そうだろうな」
「青井龍輝の追跡をしたい。あれなら殺し屋としての資質は充分ある」
「…お前が言うなら相当の実力の持ち主なようだな。行ってこい」
老人の男はフンと鼻をならした。
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