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青年はぐったりとして動かず、額の急所に一発の銃弾が撃ち込まれている。だが龍輝は銃を持っていない。
「そいつはこの洞窟に入る前からあんたをずっと尾けていた」
背後から頭を小突く聞き覚えのある声と、感じ覚えのある冷たい気配。龍輝は咄嗟に振り返った。
「…知っているという事は、偶然じゃなさそうだな」
暗闇の中届いた声の主はナハトだった。小高い岩の上から乗り出し伏せた姿勢はいかにも狙撃手らしい。二脚の取り付けられたライフルからは硝煙が上がっている。洞窟の天井からほんのわずかに差し込む光を頼りに、的確に青年の頭を撃ち抜いたその腕は決して偶然ではない。
「手を出さなければ始末する事もなかったんだが。あんたのその警戒心のなさは改善するべきだな」
助けられた手前、言い返す言葉もない。龍輝は苦い顔をしてナハトを睨むだけに留めた。
「それで、僕を尾行していた理由はなんだ」
ナハトは一度目線を逸らし、もう一度龍輝に戻して答えた。
「お前、殺し屋にどうやってなるか知っているか?」
「…知らない」
「組織によるが、対象を十日以上観察してからコンタクトをとるんだ。早い話、お前を組織の殺し屋に引き入れようってわけだ」
「僕を勧誘?」
龍輝は目を細めて意図を探る。今目の前にいる男の目に、本気でそう思ってる様子は微塵も感じられない。自身の意思ではなく、命令による義務で言っているのだろうか。
「これは俺の属する組織固有のルールだが、勧誘にイエスと答えなかった奴はその場で始末される。目をつけられたが最後、受けるしか生きる道はない」
「…分かった。その殺し屋とやら、なってやろうじゃないか」
ナハトは表情をかえることなく『交渉成立だな』と言った。返答の選択肢がない一方的な干渉を、交渉とは呼べないだろう。
森で出会った時につけられた傷跡がわずかに疼くのを知覚しながら、展開したライフルをしまうナハトの方を観察する。
薄暗い洞窟の中、ナハトの表情がどことなく緩んだように見えた龍輝は、それが何を意味しているのか分からなかった。
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