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「青井龍輝、戸籍のない男とはお前の事か」
右頬に炎を吐き出す龍をかたどった刺青を持つ老人はそう訊ねた。龍輝から見たその老人は、妥協を許さない絶対者という印象だった。逃げ出す者には死あるのみ。それが組織「リレイ」の暗黙のルールだとナハトは言った。
「…なるほど、その目がナハトとよく似ている」
絶望という奈落の底を知る者だけが持つ冷たい眼差し。お前とナハトの共通点だな、と老人は一人納得している。その様子は老人がナハトを気に入っている事を窺わせるが、対照的にナハト本人は老人を嫌悪しているのか、無表情の中にどす黒いものが渦巻いている。
龍輝はこの二人の間にある食い違いを感じた。
「さて、ここに来るまでにナハトから組織について話は聞いているだろう。まず、暗殺者として足りない部分を補う訓練をしてもらう」
対象の尾行、足音の消し方、使う武器、事後処理。老人の口から語られる内容は、前もってナハトから説明されている。龍輝は同じ事をもう一度聞かされる苛立ちを覚えた。
「ナハトの相棒につくのはそれからだ。それまではレルファに仕込ませる」
老人の左隣で微動だにせず立っていた女が軽く頭を下げると、小声で「どうも」と挨拶した。顔立ちは日系だが、日本人にはない特有の訛りがある。
「ナハト、コードネームはどうするんだ?」
「コードネーム?」
龍輝が訊いてみると、老人は組織内で使う通り名だ、とだけ答えた。
「本人に決めさせればいい」
ナハトは機械的な声で言い捨てた。老人はふむ、と椅子の背もたれに寄り掛かってナハトを見てから、龍輝に視線を戻す。
「本来は連れてきた奴に決めさせるのだが仕方ない。何か希望はあるか?」
老人に尋ねられ、龍輝は過去の記憶を漁った。
「…美龍がいい。美しい龍と書く」
メイロン。
龍輝から多くの物を奪い、命さえ危機に晒した女の名前を選んだ理由は単純だ。
この組織からも同じ臭いがする。彼女の名前を被っておけば、自分の内に燻る憎悪が臭いを忘れる事はないだろう。
「ほう…。ではそれでいこう」
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