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組織に入ってから、すれ違う人々は誰一人として笑わない。会話に耳を立てても全て任務の内容や報告ばかりで雑談というものがない。
極めて機械的な環境では、人らしく笑う彼女の方が異質な存在のように浮いていた。
「そう?まあ、新入りにすぐ気を許していたらどうなるか分からない世界だからね。皆警戒してるのよ」
新しく入ってくる人間の世話が私の役目だからね、とレルファは軽く笑って見せた。彼女が笑うのは、新人がもといた世界との別れを惜しんでの餞か。龍輝は漠然と理解した。
「それじゃ訓練はこれで終わり。報告してくるから待ってて」
部屋で待機するよう言って、レルファは部屋を出て行った。
ざっと部屋の中を見回してみると、部屋の大きさは大騒ぎするのには向かないが妙に広い。訓練に疲れていた龍輝は、隅に積まれた椅子を持ち出して座った。
ナハトは最初に老人と対面した時以来姿を見ていない。
建物に缶詰にされているわけではないが、どこか狭苦しい。今までは全ての時間が自由だったからか、訓練という制約のある時間がやけに鬱陶しく感じていた。
「龍輝…いや、ここでは美龍か」
名を呼ばれて、龍輝はようやくドアに立つ人影に気付いた。布地の質感こそ違うが全身を黒い服で覆い、腕を組んで入り口にもたれかかっている男はナハトだった。
「訓練が終わったと聞いた」
「一通りは」
「その習得の早さに今頃ジジイは嬉しがってるだろうさ」
「…それはどうも」
ナハトは龍輝の目をじっと見ている。龍輝がそれに気付いても、逸らす様子はない。
「…前から気になっていたんだが、何故僕を組織に引き入れた?」
「…」
ナハトはそこで目を逸らし、問いに答えなかった。レルファはナハトを感情を持たない冷血漢と言ったが、龍輝から見たナハトはそうは思えない。利己的な算段があるのかも分からないが、何の考えもなしに自分を組織に誘ったとは考えにくい。
「…ここの連中のほとんどはあのジジイに拾われた。俺もその一人だ」
「拾われた?」
それと自分に何の関係があるのだろうか。龍輝は問いかけを続けようとしたがやめておいた。
元々滅多に口を開かない男だとレルファから聞いている。
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