真相

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 その方法で、私はまんまと4300万円の現金を手に入れた。顧客には、とりあえず半年で満期になる定期預金を作成したことを伝え、本物と全く相違ない外観の証書を渡した。  日にちをずらし、3枚の証書を「書き損じにより廃棄」処理したわけだ。  43束の現金は、石川課長が通勤の乗り換えに使う駅にあるATMから、何日もかけて100万円ずつ小分けにして彼の口座に入金した。この口座の存在を、課長本人は認知すらしていない。私が預金課の同期に頼んで作ってもらったものだ。  今日日(きょうび)、普通預金を新規で作るのも、簡単にはいかない。詐欺の受け皿に使われるダミー口座の増設を防ぐため、申込者の住所や職場がその支店の近くにあるのか、不自然に複数の口座を保有していないか、口座を作る前に厳しくチェックされる。  しかし、申込者が行員ならそのチェックはおざなりだ。伝票に「当行行員」と書きこむだけでいい。 「奥さんに内緒の口座を1個、作りたいんだってさ」  そう言って頼むと、同期は困ったように笑いながら石川の名前が印字された真新しい通帳をポンと手渡してくれた。  キャッシュカードは作らなかった。自宅に郵送されると困るんだよ、と言うと、寿退社を控えた彼女は複雑な表情で小さなため息をついた。 「困る」のは私だが、幸せな彼女は知らなくていいことだ。  通帳は入金をすべて終わらせた時点でシュレッダーにかけ、その紙片はトイレに流した。だが、その口座には今4300万円もの残高があるのだ。
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