発覚

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発覚

 着服なんて簡単にできる、と気づいたのは、メガバンクに入行(にゅうこう)して一年も経たない頃だった。  銀行の手続きのいろいろなところに、ここでもできる、これもバレないだろうな、という穴がある。まるでその穴は、行員がその誘惑に負けないかどうかを試すために、わざとばら撒かれた罠のようだった。  たとえば、手数料と称して客から小銭を巻き上げるのはいとも簡単だ。  オンラインで本部と繋がっている本来の端末ではなく、タイプライターを使って手数料伝票を作ればいい。  手数料伝票は、徴収票、請求書、徴収操作票、領収書の4枚綴りになっている。伝票を作った時点で、複写になっている領収書までが印字される仕組みだ。  タイプライターで印字した請求書を客に見せ、現金を受け取って領収書を渡し、他の3枚は握りつぶしてしまえばそれで着服成功。  私が客から不正に現金を受け取ったことには、誰も気がつかない。  客は自分が不要な手数料を請求されているとは夢にも思わず、銀行の端末に手数料が発生した形跡は残らない。  お金のやりとりが仕事なのだから、それをポケットに入れるところさえ見られなければ、誰にも疑われることなどない。  きっとそんなことには、みんな気づいている。ほぼリスクのない小遣い稼ぎの方法なら、他にいくらでもある。  それをしないのは、良心……と言いたいところだが、実際にはバカバカしいからである。
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