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名前は明かされず、とんでも無く才能があり価値のある人間だと、常々話には聞いていた。
しかし、どうせ惚れた欲目ではないのか、実際梓川の方が余程多才なのではないか、なんて思っていた。
だから正直、梓川の恋人の正体が発覚した時、散々惚気を聞かされた自分を含め委員達はひっくり返る程に驚いたし、納得した。
そりゃあもう、とんでもない大物だ。
中等部から同じにも関わらず自分は会った事すらないが、話はありとあらゆる場所で聞くし、なんならテレビ雑誌からの方が多いくらいの大物だった。
もし、食堂でのあの騒動の前に名前を聞いたとしたら、委員長大丈夫ですか妄想じゃないんですか?と声を揃えて言うだろう位に現実離れした相手だ。
「すまない、本当はずっと側に居たいんだが、少し出てくる」
「うん、大丈夫だからいってらっしゃい」
席を外すと言う梓川に微笑む宮。
恋人の仲睦まじい会話だが、これがなされているのは残念ながら他の風紀委員も居る風紀室である。
改めて紹介と梓川が日頃お世話になっているからと、宮が差し入れをもって来たのだが、委員長の恋人とは言え、学内外問わず有名人の登場に、流石の風紀委員達とは言え場は騒然だ。
夢見心地な者から固まっている者、ガン見する者まで様々である。
「いやしかし、一人にするのは心配だ……」
「逆らう者なんて生徒会しかいないような学園の風紀委員の本拠地で何が起こるってんですか!!いいからさっさと行きやがってください!!」
放って置けば永遠に出て行かなそうな梓川に、至急届けなければ行けない書類を投げつけながら、さっさと行け!とドアを指差す。
このタイミングで呼び出す生徒会も生徒会だ。
いや、心を入れ直して最近真面目に仕事をしているとは言えども、奴らの事なのでわざとなのかも知れないが。
「俺以外がいるじゃ無いか」
「委員長にとって私達は敵かなんかですか!!」
「紅緑に関しては、紅緑の家族以外は敵だ」
如何にも信用できませんと言わんばかりに、じろりと室内を見渡す梓川と目が合いビクつく委員が可哀想である。
と言うか自身の家族は敵なのか。
「良いんですか、このままだと宮さんに仕事ができない男だと思われますよ」
「それは困る」
そっと耳打ちすれば、途端にやる気を出すのだから単純な男である。
やれやれ、と溜息を吐く花田に宮が申し訳なさそうにしているが、悪いのは梓川であって宮ではないのでそちらには笑顔で返す。
そもそも、忙しいならばとすぐに退室しようとした宮を終わるまで待っていてほしいと引き止めたのは梓川である。
大人しく行ってくると歩き出した梓川を扉まで送ろうとした宮を、何を考えたのか梓川が振り返った瞬間。
「いってくる」
「えっ」
そんな声と、短いリップ音。
遅れて戸惑う声。
ぎゃあ!と蛙が潰れたような声は多分宮ファンだろう。
いやほんともう。
「場所考えろよこのやろう!!!」
思わず閉まった後の扉に近くにあったボールペンを投げつける。
した本人はさっさと退散して良いが、された方は慣れない場で取り残されて気まずい事この上ないだろう。
「まったく宮さんも大変で……」
振り返り、思わず言葉が止まる。
「や……その……すいません」
かああと真っ赤に染まった顔、困り気味の表情の中には嬉しさもしっかりあって。
見ては行けないものを見てしまったような、でも目が離せない。
部屋の隅で何やら呻き声やしっかりしろ!なんて声がするがきっと些細なことだろうと困惑した頭で考える。
「えと、その、お芝居とかで慣れてらっしゃるんじゃないかと思ってたんですが、いや悪い意味ではなく!」
何か喋らねばと口を開いた内容は、自分でも失敗だったと途中で気付いたがどうにも混乱した頭がうまく回ってくれない。
そんな花田の動揺を知ってから知らずか、宮は手を口元に添えながら、控えめに微笑んで見せた。
「や、やっぱりその、すきなひと……相手だと違いますよ」
ああ、今まで見たどんな雑誌や映像、舞台の上よりも、めっちゃ可愛い。
思わず顔を覆って天を見上げる花田芳樹、実は割とミーハーである。
何だかんだ結構良いポジションについたなぁなんて、今更思うのであった。
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