壊れた日常

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原付で家まで帰る途中、大袈裟ではなく本気で死ぬかと思った。降りそそぐ雨の勢いは今まで経験した事がないほど強く、身体をまるめなければ耐えられない。ヘルメット越しの視界は0に等しく、ほとんど勘で走っているようなもの。水柱のあがる地面は無色の棘に見えた。様々な場所でパトカーと救急車のサイレンが聞こえ、世界は終わるかもしれないと感じた。 命からがら自宅へ着くと、両親に加え兄家族や姉家族が勢揃いしていた。万が一の場合を考え、避難道具を詰めた鞄も用意されている。 何事もなく収まるよう願いながら眠りにつく時、激しい雨音が咆哮に聞こえた。あながち間違っていないと思う。災害という名の『獣』は、平和だった日常を噛み砕いてしまったのだから。 一夜明け、ニュースは地元で起きた災害の事ばかり伝えられた。幼い頃、遊びに行った場所が泥に埋まっている。耳をすませば、ヘリの移動する音やサイレン音が聞こえていた。 幸い外は小雨程度にまで回復していたので、支度をして出勤する。当然欠勤者は多かったものの、なんとか営業を行う事は出来た模様。 普段より客足の少ない店内で働いている最中、ポケットにいれていた携帯電話が振動で着信を知らせる。普段なら休憩時間まで放っておくが、どうしても気になりトイレの個室へ入って確認を行う。 メールを送ってきたのは、後輩の中上君だった。彼は同じ職場でアルバイトしていた元スタッフ。大学を卒業した後は自衛隊員として働いていたが、最近辞めたと噂で聞いた。 肝心のメール内容は『今週末、被災地へボランティアに行きますが一緒にどうですか』というもの。 地元で悲しい出来事が起こり、こんな自分でも何か出来る事はないか考えていた矢先の誘いである。私は『当然行くよ』と返信した。
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