壊れた日常

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ボランティアへ向かう当日、指定された通り長袖服にジーパンを穿き、ウェストポーチに軍手とマスクを入れて集合場所へやってきた。空を仰げば、どんよりとした雲が広がっているものの予報では雨は降らないらしい。 しばらくすると後方からクラクションの音がした。振り向けばジープラングラーの運転席で中上君が白い歯を覗かせつつ「後ろへ乗ってください」と合図していた。 指示通りに乗り込むと、助手席に座っていた中上君の彼女が微笑みながら「おはようございます」と挨拶してくれた。一緒に参加するのは事前に聞いていたが、大きく膨れた彼女のお腹を見て私は驚きを隠せない。 「来月が出産予定日なんです」 しかもよく見れば両者の薬指に光るものを嵌めている。「報告が遅れましたが、去年に籍を入れたんです」と告げる彼の耳は真っ赤になっていた。私が「嘘だろ?!」と大声で叫ぶと2人は笑ってみせる。 被災地に向かう途中で彼らの近況を聞く。彼女の傍にいてあげる為に自衛隊を辞めた事、今後は彼女の幼い頃から夢であった雑貨屋を二人でやっていく事。それだけで中上君が如何に彼女を愛しているか、よく分かった。 とはいえ、安静にしておかなければいけない時期ではないのか。そんな私の心配に対して彼女は 「炊き出しを手伝ったり私でも出来る事はあると思いますし、多少は身体を動かした方が胎教にも良いですから」と答える。 「たまには外の空気も吸わないとな」と言う中上君の表情は、嬉しそうだった。
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