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序 ロザリンド セアラ ベイリーの御輿入れ
その日、ベルアメル王国の北領レシュ地方のとある街で婚礼の宴が催された。
花婿はその街の長を代だい務める名家の跡取り息子であり、花嫁は最近、男爵に列されたばかりの貴族の末娘で、ようやく十七才になったばかりだった。
宴で賑わう長の屋敷からほど近い森に、二つの人影が在った。
「――顔を出さないでいいのか?おまえが嫁がせたようなものだろうに」
人影らの内の一人が言った。豊かに波打つ黄金の髪に灰色の瞳を持つ、堂どうたる偉丈夫だった。
よくよく見たのならば、その灰色の中に微かに宿る金の輝きに出会えるだろう。
しかし、鋭く険しい目付きがおいそれとは許さない。
「今更私が顔を出しても、家の者たちは戸惑うだけです。こうして、遠くから眺められただけでもう十分です」
応えるもう一つの人影は、黒い艶やかな髪と僅かに蒼み掛かった漆黒の瞳を持つ類い希な美青年だった。
彫像めいた整った顔立ちや体付きも然ることながら、男女を問わず人目を惹くのはその抜けるような白く滑らかな肌だった。
此処、ベルアメルでは『雪肌』と称され珍重される美貌の印だった。
「今のおまえを問われるのは、やはり辛いのか?ジョシュア」
「いいえ。私は何一つ悔いてはおりません。イプラデたる貴方に救い出され、貴方の『羽根が生えたる蛇』へとなってから今の一度として。ウォレス。私はどのようにして、貴方のこの大恩へと報いればいいのでしょうか?」
ジョシュアにウォレスと呼ばれた男は微かに口の端を持ち上げて、皮肉な笑みを作った。
「何時も言っているはずだ。おまえの真なる心を以て示せと。――全く、おまえは物覚えが悪い」
「主の躾が行き届いていないのかも知れません」
微笑んで応じ、ジョシュアはウォレスへと口付けた。
ジョシュアの口付けを受け止めた後の唇で、ウォレスは告げる。
「五年掛けても未だまだか。おまえは躾のし甲斐があるな」
今度はウォレスからジョシュアへと、口付けようとしたその時――、足音が近付いて来るのをウォレスは感じた。
「ウォレス・・・・・・」
その音はジョシュアにも確かに聞こえ、ウォレスから顔を体を離そうとしたが、ウォレスの強い腕に難無く阻まれてしまった。
「術符が張ってあるのだろう?おれたちの声も姿も、あちらからは分からないはずだ」
「しかし・・・・・・」
「やはり、躾が行き届いていないようだな。主の言い付けがきけないとは」
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