序 ロザリンド セアラ ベイリーの御輿入れ

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 かつての義理の叔父たるヘルマン プレディル子爵の名前が弟の口から飛び出してきて、ジョシュアは一瞬だけ体を固くした。   その強張りを見抜いたかの様に、ウォレスの右の手の平がジョシュアの背中を撫でさすった。  慈しむかの如くにウォレスがささやいてくる。それはそれは優しい声音で。 「プレディル子爵は気の毒だったな。せっかく登城の願いが叶ったというのに、雪酒を過ごしすぎて亡くなられるとは」 「・・・・・・」  ジョシュアが憶えている限り、プレディル子爵は余り酒を嗜まなかったように見受けられる。酔っている姿など見掛けたことがなかった。 社交の場ではそうも言ってはいられなかっただろうが、私的にはどうやら、酒を飲むなどは暇人の行ないだと思っていた嫌いがあったくらいだった。 それが、何故・・・・・・? 「可愛がっていた自慢の甥をおれに奪われたのが、さぞかし堪えたらしい。酒に逃げ、溺れる程にな」  淡たんと語られるウォレスの言葉に、ジョシュアは嘘だと思った。 子爵は義理の甥たるジョシュアに対してどの様な情めいたものも、そう、欠けらすら持ち合わせてはいなかった。  子爵にとってジョシュアは金で買い、城へと登る『鍵』を手に入れる為に差し出す賄賂、物だった。 そして、城へと登ることが叶った暁には用済みなはずだった。  ジョシュアはウォレスの懐刀たる『羽根が生えた蛇』へとなったのを機に、生家のベイリー家へと籍を戻していた。  かつての義理の叔父の訃報に接したのは、ウォレスに伴われて城へと居を移して三年が過ぎた頃だった。 正直、その死に大した感慨を抱かなかったジョシュアは理由までをも疑うことはなかった。  しかしそれから更に二年の時が過ぎ、珍しく父たるデビッドからもたらされた手紙で、亡くなったプレディル子爵の『遺言』により、ベイリー家が子爵位を継ぐことに決まったことを知った。  ここに至ってようやくジョシュアは子爵の死に徒ならぬものを、そう、例えるのならば『石の卵を抱く蛇』の影を見出した。 「――ジョセフ兄様、ジョシュア兄様はやはり来てはくださらないのかしら?」 「!?」  身隠しの術符は正しく働いているはずだった。 今もロザリンドとジョセフとは、兄たるジョシュアとその主たるウォレスとに全く気が付くことなく、ただ二人きりで話をしている。
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