序 ロザリンド セアラ ベイリーの御輿入れ

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 「何度言ったら分かるのだ?泣くのはけして恥ずべきことではない。ジョシュア、おまえが流す涙は悲しみのであろうと悦びのであろうと何であれ、変わらず美しい。例えそれがおれの為に流されるのではなくともだ」 「ウォレス――」  ジョシュアが城へと居を移してから、ウォレスに施された数かずの『躾』と称される行ないの中で『泣き顔を晒す』というものがあった。  娼館での習いでは、涙を流すこと及びそれ程に歓を極めることは禁忌だった。 いちいち泣いていては生業に差し障りがあるからという考えらしい。  幼い頃から青年に至るまで娼館に身を置き、長じてからは『物言う贈り物』として生きてきたジョシュアにとっては涙を泣き顔を見られることは、ともすると素裸を見られるよりも恥ずかしかった。 今思うに、素裸よりもそのままの文字通り『素』の自らだからだろう。  ある時のウォレスはジョシュアが泣くまで情交を続け、とうとう泣き出してからも尚、止めようとはしなかった。 そうして、泣き疲れて涙に塗れたジョシュアの顔を宝物でも取り扱うかの様にそっと、柔らかく両の手で包み込み口付けてくれた。  今も又、そうだった。 口付けた後でウォレスは厳かに告げた。 「ジョシュア。おまえが行なってきたこと全ては実を成した。この、『石の卵を抱く蛇』のイプラデたるウォレス シロア ロソ ベルアメルが確かに見届けた。大いに誇るがいい。おまえの弟が、兄たるおまえを誇ったのと同じ様に」 「!」  ジョシュアはウォレスへと抱き付くと、その硬く逞しい胸の中で泣いた。 その声は大きく高らかだったが、術符によって封じ込められ森へとはただの少しも響き渡らなかった。  その日のうちに王城レダプリュスへと戻った『石の卵を抱く蛇イプラデ』と『羽根が生えた蛇』との主従に、密かな訃報がもたらされた。 それは王たるナタニエルの末の息子、ジョナサン王子のものだった。  王権の『外』たる守護者フロレゾンがベルアメルへと還るまでは、あと三年の時を要する――。
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