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1 サルツ大公の『鍵』
――話はロザリンド セアラ ベイリーの婚礼が執り行われる五年前に遡る。
ベルアメル王国にて、貴族として列せられたる者は幾多に在れども、時を選ばずにして王城サンヴァレノへと登ることが許されている者は限られ、しかも二つに分けられている。
一つは、王家の血筋を引く者たちの名を漏らすことなく記している竜珠の系譜に名を連ねる者、及びその者が推挙した者。
そしてもう一つは、王城の五つの門をそれぞれ護る五人の大公らの口利きを得た者。
その者たちに与えられる登城の許しは『鍵』と称され、それぞれの大公の名が冠されていた。
五人の大公の内が一人、ウィリアム ヴェインガート サルツ公爵の本邸はその日、使者を迎えていた。
サルツ大公自らが望んでいたわけではない、所謂『招かざる客』であることはその待たせ振りからも明らかだった。
しかし、未だ年若いであろうその使者は表情一つ変えることなく、通されたその名も『使者の間』の椅子に居住まい正しくいた。
使者は男だった。
――それもただの男ではない。
すこぶる美しい男だった。
黒く艶やかなくせのない髪に、極わずかに蒼み掛かった黒い瞳を有している。そして、それらの何よりも人目を惹いたのはその白い滑らかな肌だった。
冬が厳しいベルアメルでは雪はけして珍しくはなかったが、それが人の肌となれば話は別だった。
『雪肌』と称され、美人の証しとされていた。
見た目の美しさも然ることながら、声高には語ることが出来ずに、又それ故に人びとを惹き付けて止まない言い伝えがあった。
『雪肌』の持ち主は性の絶頂へと達すると、その真白な肌を仄かに紅く色付かせると信じられていた。
雪肌に紅い花を咲かせ、散らし、溶かす――。
それはあたかも、清く頑なな処女雪が温かくも淫らな春の光に緩められ崩されたかの如く艶めいた様であると、まことしやかに語り伝えられている。
果たして男は、そういう類の男だった。
使者とは称してはいるが、登城の為の『鍵』を手に入れるべくサルツ大公へと差し出された『物言う贈り物』だった。
その多くは言い含められた高級娼婦又は男娼であり、宝石を散りばめ細工も見事な媚薬入りの薬壺までをも携えている、生ける賄賂だった。
確かに、男も細工が施された薬入れを有していたが、男娼ではなかった。
使者の送り主のヘルマン プレディル子爵の義理の甥たる、ジョシュア ベイリー プレディルだった。
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