第1章

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 入浴剤にこりだしてから、お風呂が特別な場所になった。  草津や湯布院、登別など名湯の名を冠したものはもちろん、ラベンダーやローズなどの香りを楽しめるもの、デトックス効果のあるものなど実にバラエティに富んでいる。いろいろ買い込んでおいて、その日の気分で選ぶのが楽しい。  そんなオレの趣味を知ってか、大学時代の友人である木崎が「これ、究極の入浴剤らしいぞ」とプレゼントしてくれた。ヤツもその入浴剤を会社の出入り業者からもらって、その出入り業者もまた別の人からもらったという。どうやら自分で使うのはもったいないほど貴重なものらしい。ホントかね?  確かに、いかにも上等そうな木の箱に入っている。開けてみると、一つひとつの入浴剤が和紙で包まれている。いつくか種類があるようだ。その中から適当に一つ取る。  〈美人の湯〉とある。な~んだ、普通じゃないか。どうせお肌がツルツルになるなんてことなんだろう。ちょっとガッカリだ。まっ、いいか。  さっそく風呂に入り、入浴剤を湯に投入。とたんに湯煙がモアモアと広がり、視界がなくなるほどだ。ほう、さすが究極の入浴剤ということはある。こんなに湯気がたつものは初めてだ。心なしか気分もゆったりしてくる。  だが、本当のサプライズはそれからだった。湯煙が薄くなると、三メートルほど先に同じ湯につかっている美女があらわれた。ウチの風呂が三メートルもあるはずがないのに……。  歳の頃ならん三十ニ、三。美女はうなじにうっすらと汗をかき、とても色っぽい。  ドギマギしてどうしていいか分らないオレに、美女は優しく微笑みかける。そして手の平を自分の耳の横で開き、何か聞こえるでしょ、というポーズをとる。  耳をすますと、川のせせらぎが聞こえてくる。そうか、ここは山奥の秘湯なんだな。深い森の木々の匂いが鼻にとどき、ほてった顔に風があたる。ああ、癒されるなあ。ふっと気づくと、美女はオレのすぐ横に来て、頭をオレの肩にもられかけてくる。  髪からの甘い匂いに誘われるようにオレはうっとり目を閉じ、ああ、ゴクラク、ゴクラク、と呟く。このまま眠ってしまおうか。いや、いかん。眠っては風邪をひいてしまうし、ヘタをすると溺れてしまうだろう。目覚ましの意味でお湯で顔を洗うと、いつものマンションの浴室に戻っていた。  究極だ! これぞオレが求めていた最高の入浴剤だ!
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