back(背中)

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 それはいつもの見慣れた両親の姿だ。彼女はもう何年もその楽しげな光景を見ていない。  父はわざと川の穏やかな流れを乱しながらアンに近寄り、そのまま背中をみせた。  「どうぞお嬢様」  子供のころ、遊び疲れたアンは、この父の背中におぶさって家路に向かう。広い背中はいつも心地よく、たいがい彼女は深い眠りについた。  彼女は今、同じよう父の背中のぬくもりに浸っていた。この匂いは服が替わってもいつも同じだ。わたしはこの幸せに包まれ、対岸に行く。 「なあアン」 「なに? お父さん」 「お前は、まだここに来てはいけない」  穏やかな言葉だった。だがアンは悲しみに襲われる。せっかく再会したのに。もう別れなければならないの? 身体を預けていた背中は消え、彼女は川に落とされた。全身が沈む。この川はとても深い。アンは溺れながら必死にもがく。そして何かを掴んだ 「よかった」  目覚めると汚れてはいるが精悍な男が彼女を覗き込んでいた。彼から安堵の表情が読み取れる。ふいにそれが先ほどのJ軍曹だと判った。アンは喋ろうとしたが口には管が差し込まれていた。 「爆風でそうとう飛ばされたが、深い外傷はないそうだ。もっとも本国で精密検査を受けることになるらしいが」
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