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アンチーブ市街での出来事
次の日の朝、男性陣は研究資料を手に熱い意見を戦わせていたので、お昼にドゴール
広場で待ち合わせる約束をして、先にまどかと和美はバスに乗り、海沿いにある古城を
見てからアンティーブの街を散策することにした。
砂利のしかれた海岸を歩いていると、親日家の老人とその娘に話しかけられた。
どうやら彼が若い頃はフランスでは有名なフェンサーだったらしく、五十四年前に
開かれた東京オリンピックに出場する日本の選手を教えるため、日本に来たことが
あるらしい。
思い出を語ることができる相手を見つけて喜んだ老人は、海に面したベンチに和美と
まどかを誘って腰掛け、顔に刻まれたしわを笑顔でより深くした。
復興のため、生活に余裕がなくても、一丸となって働いた日本人は、老人の心を掴んで離さず、今でもその時代にトリップさせるようだ。
母の和美が生まれるより前、今よりずっと不便であっただろう日本を訪ねた老人に、ここで巡りあえたのは奇跡のようだとまどかは思った。
日本に心酔してくれるフランス人がいることを、まどかは素直に嬉しく思い、改めて自分が日本人で良かったと、少し誇らしい気分になった。
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