想い出の「おしるこ」

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 雪は降らないが、風が身を切るように冷たく、雪がない地方よりも凍える。  そんな二月に新しい契約を取り付けて、意気揚々と仲間と一緒にお酒を嗜んだ四十代の男性が、みんなと別れてからフラフラと夜風に身を躍らせ、路地裏を歩いていると、歩きなれた道に見慣れない屋台が出ていた。  男性は何かに誘われるように足取り軽くこのお店の暖簾をくぐり、一脚のみ用意された席に腰かけると、深いため息を一つ吐き出す。  その息はお酒か契約がとれた高揚感か、とても熱くそして淀んでいる。    「いらっしゃいませ。」  優しい声の持ち主は、初老の女性の店主で、私の目の前に温かい緑茶を差し出してくれた。    「ここのお店はどんな商品があるんだい?」  「そうですね、お客様が望まれるものでしたらなんなりとどうぞ。」  「酒を飲んできたから、なにか小腹に入れれるものであとはお任せするよ、それと酒はあるかい?」  「お酒は申し訳ございませんが、今回はご用意しておりません。」  申し訳なさそうに目を伏せる店主に対して私は大丈夫だよと一言伝えて、胸ポケットにいつも入れている手帳を取り出して明日からの日程を再度確認しだした。       
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