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この店――『コーヒーひまわり』のマスターは、接客業にはとんと向いていないが、コーヒーへの拘りには確かなものがある。六十代後半の白髪混じりの偏屈爺だが、一人の職人としては尊敬できるものがあった。
彩人は出来上がったアイスコーヒーと、コースターを一枚トレーに載せて、さっきの客の元に向かった。
「お待たせしました」
テーブルの脇に立って声をかけると、男が顔を上げた。彩人と視線は合わない。彼は彩人の指先を見ていた。
彩人はコースターをテーブルに置いて、グラスを載せようとした。が、男がすいっとコースターを取り上げた。
「このコースターの絵は、あなたが描いたんですか?」
先ほどよりも明るい声で、男が聞いてくる。
「え、――そうですけど」
彩人は肯定した。たしかに自分が、このコースターに絵を描いた。真っ白い丸いコースターに、クレパスを使って適当に。男が持っているコースターには、手から風船を放してしまい泣きそうになっている幼女の絵。
彩人は仕方なく、テーブルに直にアイスコーヒーを置いた。コーヒーミルクとガムシロップも添える。
「この店の壁画も?」
男が店内の突き当たり――十五メートルほど先にある壁に視線を向けた。そこには、彩人が三か月前に描き終えた絵が一面を飾っていた。
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