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草上のランチ1
二階堂に連れてこられたのは、きれいに刈り込まれた芝生がまぶしいオープンテラスのあるカフェレストランだった。
生垣に沿うようにして並んだ白いテーブルはすべて満席だったが、室内のテーブルは数席空いていた。
ウェイトレスに「室内のテーブルならすぐにご案内できますが」と言われたのに、二階堂は首を横に振った。「外が良い」と答えてしまう。
「えっ、外じゃなくても良いじゃないですか。待ってたらいつになるか……」
彩人は二階堂に向かって異論を唱えた。声は控えめにしたが、内心は切実だった。
「俺、腹減ってて死にそうなんですけど。朝から食べてないし」
ちらりと彩人を見た二階堂は、小馬鹿にしたように笑った。
「死にそう、なんて大げさだな。どうせ食べるなら景色の良い場所が良いだろ。我慢しろよ。子供じゃあるまいし」
呆れたような声で訴えを一蹴され、彩人のこめかみは一瞬だがビリっと震えた。
――あんたも、ちょっと思いやりが欠けてるんじゃないの?
奢ってもらう立場だから声には出さないが。
彩人はだいぶ苛々してきた。
「月島はさっきの展覧会でどの絵が気に入った?」
のんびりした口調で二階堂が聞いてくる。彼は腕を組んで生垣の一点を見つめている。彩人も整えられた垣根と、陽光を弾いている真っ白いテーブルを目を細めて眺めた。テーブル下に、毛並みの良いゴールデンレトリバーが伏せている姿も見える。――確かに景色は良い。長閑な休日、といった風情だ。
「ピカソが良かったです。『魚、瓶、コンポート皿』がとくに。魚がうまそうだった」
「――ピカソかよ。コルビュジエの展覧会だってのに」
失礼な奴、と苦笑しながら二階堂が言った。
それもそうか、と彩人は少し反省した。
「コルビュジエのだったら――『レア』が良かったです。動きがあるし、奥さんを青い牡蠣にしちゃうってのが独創的で」
彩人は先ほど見たばかりの『レア』を頭に思い描いた。ひと目見ただけでは、何を意図しているのか分からない絵だ。解説によると、コルビュジエとその妻、娘がヴァカンスを楽しんでいる絵らしい。娘は白い骨みたいな何かにされ、コルビュジエ本人はヴァイオリンに例えられていた。
「俺も『レア』が一番良いと思った」
二階堂が今日初めて、笑顔を浮かべた。声も弾んでいる。
ようやく彼と話が合ったようだ。彩人はちょっとホっとした。
「コルビュジエは、キュビスムを取り込んだあたりからの絵が良いですよね。――俺がピカソ好きってのもあるけど」
「分かる。色調が明るくなったし、自由度が上がったよな。彼の牡牛の絵は知ってる?」
「いえ、知らないです」
「ピカソの影響を受けてるってわかる絵だ。ピカソ好きなら気に入るかもよ」
「へえ、見てみたいな」
「ネットで見られるよ。バーチャルギャラリーっていうのがあって――」
空腹を一時的にだが忘れ、彩人は二階堂の話に耳を傾けた。絵画の話となると、彩人もつい夢中になってしまう。
ウェイトレスに「外の席が空きました」と声を掛けられた時は、ちょっと彼女に話を邪魔されたような気分になった。
テーブルの席に着くと、二人はさっさとオーダーを済ませ、また美術談義に花を咲かせた。
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