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奈落 R18
彩人が後藤の店に着いたのは、午後十九時すぎ。会社から一度自宅に帰り、ヘナタトゥーを施すための道具を取ってから表参道に向かったのだ。
『OKINI』のドアを開けると、レジカウンターに立っている後藤と目が合った。
「待ってた。早かったじゃん」
そう言いながら、後藤はカウンターから出てきて、店じまいを始めた。外に出て看板を店内に戻し、シャッターを閉める。
「いいのか、店」
「いいよ。どうせ客来ないし」
平日はほんと客が来ないんだ、と後藤が呟いた。
それでも店が潰れないのは、土日の集客があるからだろう。もしくは――持ち家だから店舗の賃貸料がかからない分、売り上げが多くなくてもやっていけるのかもしれない。
「さ、上に行こう」
促され、彩人は店舗の二階にある後藤の部屋についていった。
予想通り、後藤の部屋は雑然としている。パッと見て八畳以上ありそうな個室なのに、スペースがない。ベッドの周りには本や漫画が積んであるし、クローゼットからは服がはみ出ている。そして部屋の壁一面を埋めているDJ機材や、数本のエレキギター、アンプ。
「思いっきり趣味を楽しんでる感じの部屋だな」
彩人が雑感を述べると、後藤が得意げに笑った。
「うち、親が金持ちだから」
「今はここにお前しか住んでないんだろ」
「そ。親は田舎でスローライフを満喫中」
なんでも、後藤の両親は六十歳になる前に仕事をリタイアして隠居生活に入った、ということだった。百歳まで生きられるぐらいの金は貯め込んでいるらしい。悠々自適でなんとも羨ましい限りだ。そんな親に元に生まれた後藤も。
おもむろに後藤が、着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。そのままベッドに伏せて「さ、やって」と声をかけてくる。
「どこに描く? 絵柄は?」
「肩から腰まで。絵柄はお任せ」
「お任せって。お前の体だぞ」
「月島のセンスを信じてる」
後藤が首を曲げて、彩人に向かってにっこり笑った。
――まあ、ヘナだったら二週間程度で消えるし。
だから後藤も気軽に頼んでくるのだ。
彩人は黒のヘナペーストを手に取り、後藤の腰に跨った。遠慮せずに体重をかける。腰を浮かせたら二時間以上の描画に耐えられない。
「肩から腰にかけてでっかいハシビロコウ描くから」
「はあっ? ハシビロコウって」
「そ。可愛く描いてやるから。出来上がったらお客さんに見せて。それでどんな反応だったか教えて」
「ハシビロコウって不細工だよな」
後藤がくぐもった声で言う。彼は枕に顔を埋めていた。
「俺は可愛いと思うんだけど」
それから彩人は無言になって、ヘナペーストを絞りながら、後藤の筋肉質な背中にハシビロコウの顔を描いていった。
あらぬ場所に、何かを埋め込まれているような異物感を覚え、彩人は重い瞼を無理して開いた。
視界にまず入ったのは、灰色の天井。
聞こえてくるのは、忙しない息遣い。
「ああ、起きたか?」
興奮したような声。声の主は――。
彩人は視線を、自分の股間に向けた。履いていたはずのジーンズは脱がされていた。ボクサーパンツも穿いていない。代わりになぜか――肛門に指を埋められている。性器や陰毛、尻たぶはドロリとした液体にまみれている。
「なに、してんの。お前」
かすれた声が出る。訳が分からなかった。
――なんでこうなってる?
彩人は記憶を遡った。
さっきまで、後藤にヘナタトゥーを施していたのだ。二時間半かけて彼の肩から腰にかけて、ハシビロコウを描いた。かれの大きな嘴と、大きな羽はそれはもう緻密に、丁寧に。
終わったあとは疲れて、疲れまくって、後藤のベッドに寝転んだ。彼に勧められるままに缶ビールを一本飲んだ。一仕事を終えたビールは格別においしかった。
――で、そのあと、これ?
「後藤……なんでこうなったんだ?」
彩人は冷静な声を出した。後藤に思いとどまって欲しいと思った。
「だってお前の寝息、色っぽいんだもんよ。襲ってって言ってるみたいだった」
「だからって本当に襲うか? 襲って欲しいなんて思ってねえし。お前の勘違いだ」
ビシッと言ってやると、ようやく後藤の指の動きが止まった。
「だいぶほぐれてきたじゃん。ここまで来て辞めろって?」
一度後藤が顔を上げ、彩人と視線を交えてきた。獰猛な目だ。欲望に忠実な目。
指がまた、拡張された場所に挿入される。三本も。そして、彩人の急所を、ノックするように押してきた。
「っあ……」
変な声が出た。慌てて手で口を押える。
後藤は容赦なく、彩人の感じるスポットを束ねた三本の指で刺激してきた。前立腺を捕らえられたら、嫌でも感じてしまう。
体の奥が熱い。ジンジンと内部を穿つ疼痛。でも痛みだけではなかった。
男と寝なくなってから得ることがなかった快感。久しぶりの深い悦楽。
「なあ、俺の入れていいよな」
我慢できねえよ、と後藤が呻くように言って、ジーンズを脱ぎ始めた。
「やめろって」
朦朧としつつも、彩人ははっきり言った。
「でもお前の、勃ってるじゃん。嫌じゃないだろ?」
罪悪感なんて微塵もなさそうな、あっけらかんとした声で後藤が言う。
「友達だろうが。俺たちは」
「でもお前、男とできるだろ」
その言葉に、彩人は目を見開いた。
「なに、言って――」
男とセックスできるなんて、後藤に告げた覚えはない。
「中山に聞いたんだよ。お前、あいつと会いたがらないから変だなって思ってさ。あんなに仲良かったのに。だから昨日、中山に電話で問いただした。何があったのか」
彩人を追い詰めるように、後藤の空いた手が前に回ってくる。緩急を利かせた手淫は、普段する自慰より何倍も気持ちが良い。
扱き上げられ、彩人のものは完全に勃起した。
「お前、大学のとき男の愛人やってたんだろ?」
俺も男、イケるんだよね、と朗らかな声で言いながら、後藤が隆起したものにコンドームを被せた。
それをどこに入れたいのかは、聞かなくても分かる。
「楽しもうぜ。男とできる奴なんてそういないんだから」
彩人の腰を軽々と抱える男の目は、快楽主義者のそれだ。
彩人は観念して、深呼吸を繰り返した。
――いまさら純情ぶって何になる?
男の愛人をやっていたことがバレているのだ。そうだ自分は、男とヤり慣れている。
自分のものはガチガチに硬くなっている。後藤のいち物だって完全に勃起している。この状態で。なぜ止める必要が?
お互い同意して事を行うならば、別に恋愛感情がなくたって。
香苗とだって、恋愛感情なしでセックスしているのだ。相手が女か男かの違いしかない。
それに断ってここから逃げたら、金は貰えないし、アンケートの話もチャラになりそうだ。
開き直るための理由をいくつも脳内で重ねているうちに、後藤の膨れた先端が、後孔を押し広げるようにして入ってくる。
「あーああっ」
少しずつ侵入の域を広げてくる牡を、誘い込むように内壁が収縮しだす。
体が憶えている。男を受け入れる術を。
――別に、操だてする相手もいないしな。
それでも罪悪感はぬぐい切れない。
律動は徐々に激しさを増していき、嫌でも快感の波は大きくなっていく。
慣れているから、こうなることは当たり前だ。
相手の顔を見たくなくて、彩人は頑なに目を閉じ、シーツを両手できつく握った。
――じゃあ誰だったら良いんだ? 罪悪感を感じない?
答えは簡単に浮かんでしまう。
――あの人には、あんなに完璧な彼女がいる。
美人で、頭もきっと良くて、気遣いも完璧だろう。秘書をしているのだから。
――あの人は男なんて一生相手にしない。
二階堂の顔を瞼の裏に浮かべながら、彩人は喘いだ。
好きじゃない相手としてたって、気持ちが良いし感じることを止められない。
一際腰を強く打ち付けられ、彩人は我慢することなく、精を解き放った。
前を刺激されずにイってしまった。ずるりと這う萎んだ性器の動きに、彩人は胴震いした。中でイったあとは、快感に貪欲になっている。
「あー気持ちよかった。お前もイったよな?」
後藤が使い終わったゴムをティッシュに包んでゴミ箱に捨てるのが見えた。そして、新しいゴムを箱から出すのを目撃する。
彩人は何も言わなかった。自分ももう一回ぐらいしたいと思った。
――やっぱり俺は、這いあがれないんだろうな。
一度でも落ちるところまで落ちたら、二度と。二階堂が立っている場所には――。
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