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企画会議
翌日の午後二時。彩人にとって初めての企画会議が、C大会議室で行われた。
基本、『紙もの。』の商品をプレゼンする場だが、他のグループの社員も数多く出席した。そして、上座にはフェリテの社長が座っている。
彩人は実際に社長を見るのはこの日が初めてだった。パワーポイントで作った資料をスライドショーで披露しながら、彩人の先輩たちが次々とプレゼンをしていく。皆、自信満々の表情を浮かべ、ハキハキと話し、意地悪な質問をされてもひるむことなく回答している。
自分の番になるまで、彩人は何度も唾を飲んで、震える手をもう片方の手で押さえていた。
初めてのプレゼンなのだ。緊張して当たり前だ。
社長の方を見ると、彼から二つ離れた椅子に座っている二階堂の姿が視界に入る。彩人はスライド機器が置いてある前方の席に座っていて、だいぶ彼と離れた場所にいた。
――なんとなく、昨日から距離を置かれている気がする。
昨日、室生たちと会議室で話した後、彩人に軽蔑の視線を向けてきた――。彩人の気のせいではないと思う。
――二階堂さんは勘づいてる。
彩人の性的嗜好を。だから避けているのだ。
沈みそうになる意識を無理やり持ち上げる。名前を呼ばれ、彩人は椅子から立ち上がった。
スライドを見ながら、彩人は商品のコンセプトを離し始める。緊張しつつも、家で何度も練習した成果が出た。声は震えないし、噛むこともなかった。
「名前は『ハシビロくん』です。上野動物園で人気を博している『ハシビロコウ』をブサカワにデフォルメしたものです」
彩人がデザインした『ハシビロくん』がスライドに映ると、「かわいい」という女性の声が数か所から上がった。
パーツ一つ一つ、実物とは色味を変えている。嘴はオレンジがかったクリーム色。羽の外枠は青、内側は優しい色合いの水色だ。
「最近、ブサカワキャラが売れてるし、目の付け所は良いわね」
違う部署の三十代の女性が、興味深そうにスライドを見ながら言った。それを皮切りに好意的な意見がぽつぽつ上がり、彩人はほっとした。が、すぐに否定的な意見も出てきた。アンケートの対象が自社スタッフと、表参道のショップに訪れた客という偏ったサンプル、更に数が少ない、、全国的に知名度が低い、好き嫌いが分かれる顔、等々。
いっぺんに出てきた指摘に、彩人はなかなか対処ができなかった。半ばパニックになっていた。
「知らない動物キャラに興味を持つかなあ」
社長まで否定的な意見を言い出した。
――どうしよう。社長までダメ出ししてきた。ダメだ、もう。ボツだ。
彩人のテンションは急低下した。
この会社は社長の鶴の一声で、企画が通ったりボツになったりするのだ。そういう社風なのだ。
「月島くんの持ち時間、あと少しだけど。なにか他にいう事は?」
近くに座っていた『紙もの。』のメンバーが気遣うように聞いてくる。
彩人が「ないです」と答えようとしたときだった。
「『カピバラさん』のカピバラだって知名度がなかったけど、今では大人気ですよ。文房具やアメニティグッズでなかなかの売り上げを保っている。そういう前例はあるから、最初から知名度がなくてもポテンシャルはあると思います。『ハシビロくん』も」
彩人は二階堂の顔から目が離せなかった。彼が肯定的な意見を述べてくれている。素直に嬉しい。
「ああ、『カピバラさん』は大ヒットだったな。私もそれまでカピバラに興味なかったな」
社長が笑って言うと、それに同意する声があちこちから上がる。
「カピバラさんとコラボするのが目標なんです」
ドキドキしながら彩人が言うと、社長が「お、いいね」と反応してくれる。
「じゃあやってみたら?」
その一言が社長の口から出てきた瞬間、彩人は天にも昇るような気持ちになった。
企画会議が終わると、会議室からぞろぞろと人が出て行った。下っ端の彩人は、スライド機器の片付けをしてから、会議室を出て鍵をかけた。
機材と書類を抱えてエレベーターホールに向かうと、二階堂と『紙もの。』のメンバー田中と辻井が話しながらエレベーターが来るのを待っていた。
彩人は勇気を出して、二階堂に声をかけた。
「二階堂さん、さっきはありがとうございます」
どうしてもお礼が言いたかった。彼の意見がなかったら、自分の企画はボツになっていた。
だが、二階堂の反応は冷めたものだった。彩人の顔を一瞥しても表情は柔らかくならない。
「いちいちお礼を言わなくていい。反対意見もあれば賛成意見もある。当たり前のことだろ」
声も淡々としていた。
彩人の胸は急速に冷えていく。
「あーいちいち傷ついちゃダメだって、新人くん。この人いつもこうだから」
気の毒そうに田中が言う。傍らに立つ辻井は、彩人を眼中に入れることなく、二階堂に話しかけている。
「俺、六階に行くので」
誰の顔も見ずに、宙に声をかけて、彩人は違うエレベーターに乗った。
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