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蜜月2
事後、心地よい疲れで微睡んでいる彩人を、二階堂が後ろから抱きしめてきた。
「そろそろ俺のマンションに移ってきたらどうだ?」
「――それは嫌だ」
彩人はわざとムスっとして見せた。
心とは裏腹な態度を作って見せる。
好きな人と一緒に暮らしたい。そんなの当たり前だ。でも、できない。
自立できていない今の状態で、二階堂の部屋に転がり込んだら、いつまでたっても自分は社会不適応者だ。
正社員として安定した会社で働きたい――その気持ちは、彩人の中にまだあるのだ。
それに、二階堂が本当に自分のことを好きなのか分からない。「好きだ」とはっきり言ってはくれないし、その言葉を欲しいとは言えない。二度目のセックスをしたきっかけは、恋愛感情からじゃない。フェリテを辞めて弱っている彩人を、二階堂は慰める手段として抱いてくれたのだ。
彼が早乙女と別れたかどうかも聞いていない。彼が話してくれないから。
「このまま仕事が決まらなかったら家賃が払えないだろ。どうするんだ」
「絶対仕事決めるから」
この話はさっさと終わらせたい。
実は明日、正社員の面接が控えている。製造業の一般事務職。ふつう女性が就く仕事だが、男でも面接可能だったから受けてみることにした。土日祝日休み。休日出勤なし。原則残業なしで、電話応対や伝票入力、請求書の発行。フェリテでやっていた雑務とそう変わらない。
決まったら嬉しい。残業なし、休日出勤なしというのはポイントが高い。プライベートな時間を確保できる。絵を描ける。
この仕事なら、二階堂も文句を言わないだろう。
「そろそろ帰る」
二階堂が彩人から離れ、体を起こした。彩人も体を起こし、二階堂の広い背中に抱きついた。
「帰らないでよ」
頼んだところで、泊まってくれることはないが。
言いたいことは言いたいし、甘えたいときは甘えたい。
いつこの甘い生活が終わるか分からないのだ。自分のしたいようにしようと思った。恥ずかしがるのは損だし、素直にならなかったら後悔する。
二階堂が彩人の頬を優しく撫でた。彼がここに通うようになってから、彩人の肌艶はまた良くなった。
「彩人、さっさと越して来い。俺は本気で言ってるんだ」
――俺も本気で断ってるんだ。
好きだけど、本当に好きで堪らないけれど、深入りはしたくない。
二階堂を信じていないというより、彩人はこの社会――自分を取り巻く世界を信じていなかった
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