後日談

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後日談

「おじゃまします……」  無人の部屋の玄関に入って、彩人はつい、他人行儀に言ってしまった。  二年ぶりに二階堂のマンションに来たのだ。お客様気分になってしまうのは仕方ないと思う。  時刻は午後四時。正午過ぎに二階堂と再会した彩人は、彼にマンションの鍵を渡された。 そっと二人で美術館から出て、エントランスドアから離れた、ひと目のつかない小径で止まって。 「話したい事はいっぱいあるんだ。でも時間がない。午後から会社に行かないといけないんだ」  二階堂には時間がないようだった。腕時計をしきりに見ながら、こう頼んできた。 「もしよかったら、俺の部屋で待っててくれないか。鍵を渡すから」  二階堂が会社から帰ってくる予定時刻は二十一時過ぎ、といことだった。  彩人は頷いた。  やっぱり彼のことが好きだと思った。美術館で再びあった瞬間、自分はまた彼に恋をしたのかもしれない。胸が忙しなく騒ぎ、二階堂の顔をまともに見られなくなる。  頷いたまま自分のスニーカーを見下ろしていると、「彩人」と二階堂が呼んでくる。 「彩人、顔を見せて。久しぶりに会ったんだ」  労わるような優しい声だった。彩人は安心して顔を上げた。 「――彩人だな」  二階堂が彩人を見つめ、目を細めてほほ笑んだ。 「部屋で待ってます」  つい敬語になってしまった。  二階堂は気にすることもなく、手を振ってJRの駅に向かって歩いていった。  彩人はそのあと、作者用のテーブルに着き、観覧者に声を掛けられれば対応し、暇な時間は景色を眺めたり、二階堂のスケッチブックを見ながら過ごした。  午後三時に学芸員と挨拶を交わして、美術館を後にした。  彩人は玄関からリビングに移動したあと、「全然変わってないなあ」と呟いた。  リビングにはセミダブルのベッドがでんと置かれている。隣の元アトリエ部屋は、変わらずアトリエ部屋のままだ。イーゼルの場所も、スケッチブックの並んだ棚も同じ位置にある。  彩人の胸は急に苦しくなった。  自分は「もうここには帰ってこない」と断言してニューヨークに旅立ったのだ。二年前。  それなのに、アトリエ部屋は彩人の帰りを待っているみたいに、二年前と変わっていない。絵を保管していた部屋も覗いてみたが、予想通り、そのままだった。  ――彰人は恋人とか、出来なかったのかな。  こんな部屋では、新しい彼女ができても連れてこられないだろう。  彩人は少しホッとした。そんな反応をしてしまう自分が勝手だと思う。別れようと言ったのは自分の方なのに。  ――ベッドに寝転がりたい。  二階堂のベッドは寝心地が抜群なのだ。横たわったら一分で寝られる自信がある。  彩人は心身ともに疲れを感じていた。美術館で初対面の観覧者と会話をしたり、ずっとパイプ椅子に座っているだけで首や肩が凝ってしまった。気疲れだろう。 「でも、さすがにベッドで寝るのはなあ」  図々しいというか。それに、ベッドシーツから二階堂の匂いを嗅いでしまったら、絶対変な気分になる。  彩人はリビングを出て、アトリエ部屋に移った。やっぱり自分にはここが一番居心地が良い。  彩人はデイバッグから持参した自分のスケッチブックを取り出し、イーゼルに置いた。椅子に座り、勝手気ままに描く。スケッチブックが詰まった棚、今日見たスーツ姿の二階堂、静物画を描くときに使う木目調のテーブル――目についたものや、頭に浮かんだ人、物を。  空腹を覚えて集中が途切れたとき、もう部屋の壁時計は二十時の針を差していた。  彩人は絵を描くのを中断し、リビングとアトリエ部屋のカーテンを閉めた。  デイバッグに食べ物は入っていない。彩人はリビングを抜けキッチンに行き、冷蔵庫を開けた。勝手に開けちゃ悪いと思いつつも。  簡単に作れる焼きそばやうどんの麺がないかな、と期待したが、どちらもなかった。酒のつまみに食べそうな塊のチーズとかサラミとか生ハムとか。野菜室を見ると、ピーマンとキャベツが入っている。チルド室を開けると、肉と魚。 「ちゃんと自炊してんだなあ」  感心し、安心した。  庫内のものでは簡単な料理は出来そうもない。  だったら他のことをしたい。 「――お風呂とか」  言ったとたん、顔が熱くなった。もし、二階堂が帰ってきてそういう展開になったら。  一度そんなことを考えたら期待する気持ちを止められなくなった。  彩人はバスルームに行き、お湯を張った。服を脱ぎ脱衣かごに入れ、湯舟で温まった浴室に入った。  念入りに体と頭を洗ってしまう自分が恥ずかしい。シャワーで泡を流したあと、彩人は湯舟に音を立てて入った。久しぶりの家の湯舟でテンションは上がった。彩人の住むボロアパートには風呂がなかったのだ。一日置きに銭湯に行っているが、湯の温度が高すぎてイマイチだし、他の客も入っているので落ち着けない。  湯につかっているうちに眠気が襲ってくる。湯舟のなかでこっくりこっくりしていると、両脇にいきなり誰かの手が差し入れられた。そのままぐっと上に持ち上げられ、背中が浴室の壁にくっついた。  彩人は目を開けた。  自分の顔が濡れている。鼻が痛い。お湯が入ったみたいだ。 「何やってんだよ、お前は……」  彩人の目に、スーツ姿の二階堂が映った。   彩人はハッとした。やっと状況が飲み込めた。 「すみません、マジですみません」  ――やべえ、湯舟で寝てた。  それも二階堂の部屋の風呂だ。さすがに非常識すぎる。自分が情けない。 「あーもうお前は……全然変わってねえな」  呆れたようなため息を吐いたあと、二階堂は彩人の体をひょいと持ち上げ、湯舟から洗い場に移してくれる。  相変わらず力持ちだな、と思った。 「お前は頭拭け。俺は体を拭くから」 「ええ? いいよ、自分でします」  子供じゃないんだから、と言って、彩人は棚に置いてあるバスタオルを取った。が、二階堂に奪われ、わしゃわしゃと髪を拭かれた。すぐに二階堂の手は彩人の体に移った。 「あ――待ってよ。ほんと体は俺が」  タオル越しなのに二階堂の大きな手の感触はリアルで、彩人は慌てた。胸を撫でてくる繊維の刺激に、節操もなく乳首がピクリと反応した。連鎖するみたいに、彩人の下腹は熱くなってしまう。  上目遣いに彩人は二階堂の顔を見た。彼の視線が己の股間に注がれている。彩人は羞恥に襲われた。 「――勃ってるな」  淡々とした声で言われ、彩人はいたたまれない気分になった。 「仕方ないだろ。二年間、誰ともしてなかったんだ」  彩人はわざと不貞腐れる。 「そうか」  二階堂が呟いた。その声はちょっと――いや、かなり柔らかくて優しい。嬉しそうでもある。 「そうか」  今度は耳元で囁かれ、息が耳たぶに触れた。腰に痺れるような快感が走った。 「ね、したい」  彩人は二階堂のものをスラックス越しに撫でた。彼のも兆していた。 「きちんと俺たちは話さないと駄目だろ?」  諫めるように言って、二階堂が彩人の頬を撫でてきた。そんなことをされたら、よけい欲望が高まってしまうだけなのに。 「あ、あとであんたの話を聞くし、俺も話すから。だめ?」  上目遣いで問う。二階堂の目にだって、劣情が浮かんでいる。 「良いに決まってる」  堪らない、というような顔を晒して、二階堂が彩人を素早く抱き上げ、ベッドへと運んだ。  ベッドに入ったとたん、ふたりの動きは性急になった。二階堂の手が彩人の首に回ってきて、顔の位置を固定された。唇が触れあうだけで、首筋がぞくりとした。瞼がぴくりと痙攣し、口の端が震えた。どこもかしこも敏感になっているみたいだ。  舌を絡めて十秒程度経ったら、一度解いて、互いの口内を舌先で突いて歯茎を舐める。二階堂の舌のタッチは絶妙で、官能がどんどん刺激され、すでに硬くなっていたそれが、更に硬度を増していく。左手を二階堂の背中に回し、右手で彼の性器を触る。彼のものも凄く硬い。反り返っている。 「一回出しておくか」  二階堂に囁かれ、彩人は二回頷く。お互い余裕がなかった。先端は膨らみ、じわりと先走りの雫が滲んでいる。しかし自分の後孔はまだ準備が整っていなかった。  二階堂が二人の勃起した性器を重ねて、右手で上下に扱き上げる。徐々に速さが増していき、そこが摩擦で熱くなる。強烈な快感が込み上げてきて、彩人は我慢できずに精を放った。 「はっあ……」  腰の震えが止まらない。一拍遅れて、二階堂の充実したものからも、白濁が散った。 「あ、は……」  何度も呼吸を繰り返す。達したばかりの性器はまだ余韻で震えていて、後孔が物欲しげに収縮した。二人分の体液が、彩人腹部や胸に飛んでいた。手でそれに触れると、淫らな気分になった。 「ちょっと待ってろ」  二階堂が一度ベッドから下りた。ベッド下に置かれていたドラッグストアのビニール袋から、ローションとスキンの箱を取り出している。彩人がぼんやりしながら待っていると、すぐに彼はベッドに上がってきて、枕の近くにローションとコンドームを置く。それは三枚もあった。  これから三回もする気だろうか。さすがに無理な気がするが。すでに一度出してしまったし。  二階堂が彩人の股間に、素早く顔を埋めてきた。あまりにも速い動きだったので、彩人は手で制止する機会を失った。  彩人の恥毛を撫でながら、萎えた性器にキスし、優しく食んでくれる。  そんな悠揚な愛撫は誰にもされたことがなくて、無性に恥ずかしくなる。 「あ、彰人はそんなことしなくても――」  もともと二階堂は男好きなわけではない。無理はさせたくない。  彩人が罪悪感を覚えたことを察したのか、二階堂が顔を上げ、「そういうこと言うな」としっかりした声で言った。 「俺だってお前を気持ちよくさせたいんだ。好きなら当たり前だろ」  彩人は大人しく頷いた。二階堂の口調が少し怒っていたからだ。  引け目を感じている彩人を叱っているような。  両脚を開かされ、二階堂のされるがままになった。すぐに復活の兆しを見せる性器を丹念に舌で愛撫され、それと同時に、ローションを絡めた指で、蕾をそっとかき分けていく。  彩人は深呼吸を繰り返して、彼の指を受け入れていく。ゆっくりと抜き差しされながら、芯が通った幹に舌を這わされる。ねっとりとしつこく嘗め回され、双丘や背中に怖気に似た快感が駆け抜けた。 「あ……あっ」  のぼせそうなほど、全身が熱くなっている。ここまで二階堂に奉仕されたことは、今までなかった。  前への愛撫に意識が向いているうちに、二階堂は巧みに指で、蕾を柔らかくしてくれていた。三本の指がすんなりと入るようになり、内部に潤いが十分足されてから、二階堂は固くなった性器を彩人の右手に押し付けるようにしてきた。 「ちょっとだけ触って」  頼まれた彩人は、照れ臭くなりながらも、彼の膨らんだ先端を指で擦り、幹の部分もゆっくりと扱いた。より二階堂のものは硬く反った。  これを入れてもらえるのかと思うと、期待で胸が高鳴った。ローションをたっぷり施された蕾が、じんわりと熱くなる。  二階堂がコンドームを着けて、彩人の後孔に先端を押し付けてくる。こんなに太かったっけ? と思うほど、それは膨張していて、嵩が増えていた。  先端をゆっくり押し込まれ、彩人は喘いだ。やはり二年のブランクは大きい。飲み込まされた部分に、引き攣れるような痛みを覚えた。 「痛いか?」 二階堂が彩人の性器をやんわりと握ってくれる。 数度蕾をノックするように先端で小突いたあと、二階堂はやや強引に彩人の中に侵入してきた。熱い性器が、腸管を通過していく感触がリアルだった。太く長いそれで内部をかき分けられ、奥へ奥へと押し込まれていく。 「ん……あ……」  彩人は息を吸って吐きながら、両腕を上げた。すぐに二階堂は体を倒してきて、彩人を抱きしめてくれる。より二人の結合が深くなり、彩人は息を乱した。二階堂の陰毛が尻に触れている。彼と繋がっているんだと思うと、嬉しくて仕方ない。  彩人の中が、二階堂のものに馴染んでくると、ゆっくりとした律動が開始される。 パンパン、と肉のぶつかる音を響かせながら、二階堂が腰を揺する。引きずり出され、また挿入され、を繰り返されるうちに、彩人の内部で灼熱感のある快さが生まれる。 「あ、あ、ああっ」  声を抑えることができなくなった。  感じる場所を、コツ、コツ、と太い性器で擦られるたびに、前から微量の蜜が飛んだ。  脳がドロドロに溶けてしまいそうなほど、体の深い部分で快感が込みあがってくる。  自然と中のものを締め付け、蕾がきゅっと窄まる。  二階堂が追い打ちをかけるように、腰を激しく前後に動かしながら、彩人の乳首を唇で食んだ。ビリビリと痺れるような快感に見舞われ、彩人は長く甘い悲鳴を零した。  一拍置いて、二階堂が深いため息を吐いて、彩人に覆いかぶさってきた。  息が整ったあと、二人はベッドに並んで仰向けになった。 「そろそろ話そう」  二階堂の腕枕に目を細めながら、彩人は頷いた。 「謝りたいことがある」  二階堂が先に話を切り出した。 「二年前、お前の意志を尊重しなかった。正社員になりたがっていたお前をクビにしたし、彩人からもらった絵をコンクールに出した」  二階堂が一度口を閉じて、彩人の目をしっかりと見た。 「申し訳なかった。すべて俺のエゴだった。自分の考えだけが正しいって思いこんでたんだ。彩人の気持ちを考えていなかった。ごめんな」  二階堂の目は、真剣そのものだった。 「許してほしいんだ」  彼の整った顔が、急に自信のない表情になる。髪を撫でてくる指は、いつになく優しい。 「もうとっくに許してるよ。俺がフェリテで正社員になれてたら堅実な生き方が出来たのかもしれないけど。彰人とはこうなってなかったし、『ミュージアム』も描けてなかった」  だから良いんだ、と彩人ははっきりと言った。 「『ミュージアム』をコンクールに出したことも、本当に悪かった」  二階堂がもう一度謝ってくる。神妙な顔つきで。 「本当にもういいんだよ。今日ね、俺の個展で『ミュージアム』を展示したんだよ。沢山の人に観てもらえて嬉しかった」 「本当に?」 「本当に。『ミュージアム』を好きだって言ってくれた人が何人もいたんだ。この絵を見ていると元気が出るって言ってくれた人もいた。俺ね、二年前は自分自身と、彰人のために絵を描いていたんだ。凄く視野が狭かった気がする。でも今は、俺の絵を見て、知らない誰かが何か感じてくれたら凄く嬉しいと思う」 「彩人」  二階堂が感慨深げに彩人の名を呼んだ。 「俺こそごめん。彰人のこと、二年前は信じきれなかった。あんたからもらったスケッチブック見たよ。何だ俺、愛されてたんだって気がついた。成田空港で搭乗時間が来るのを待ってるときに。ここにとんぼ返りしたくて堪らなくなったよ」  彩人は自然と涙ぐんでいた。  自分だけが彼を愛していると思っていた。でもそんなことはなかったのだ。 「彩人、ここに引っ越して来いよ」 「うん、俺もそうしたい」  すんなりと承諾の言葉が出た。 二年の時を経て、やっと自分は素直になれた気がする。 「彩人、おかえり」 「ただいま、彰人」  ふたりは同時に微笑んで、ゆっくりと抱擁した。了
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