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プロローグ
平日の昼下がり。嵐のようなランチタイムが過ぎ去り、カフェタイムまでもう少し時間がある――そんな緩い時間帯に、男が一人で店にやってきた。
彼は開けたドアを、後ろ手で控えめに閉めた。音を立てずに。
フロア中央まで歩いてきたところで、立ち止まる。男の姿形がはっきりと見える。
彼は仕立ての良いスーツを着ていた。黒い皮靴も綺麗に磨かれていた。背が高く体格も良いが、シュッとした印象も受ける。
「すみません」
男がカウンターに向かって声をかけてきた。低く、淀みのない声だった。
月島彩人(つきしま あやと)は、ハッと我に返った。カウンター越しに、彼の動きを目で追っていた。
「いらっしゃいませ」
慌てて声を出し、食器洗いを中断した。濡れた手をタオルで拭き、グラスに水を注いでトレーに載せる。おしぼりも忘れない。トレーを持っていない手でメニューを持つ。
「お好きな席にお座りください」
カウンターから出て、彼の近くに歩み寄った。そこで初めて彼の顔をしっかりと見た。
目鼻立ちのはっきりした顔だ。鼻は高く、黒目の大きい瞳。上唇は薄いが、下唇には厚みがあった。長めの前髪をサイドに流している。年齢は二十代後半ぐらいだろう。
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