ミュージアム

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「この絵はどう思う?」  二階堂からの四回目の問いかけに、彩人は半ばウンザリしながら「うーん、そうですね……」と思慮深い声をつくって目の前の作品――多数のオブジェのある静物――を眺めた。次いで隣に立つ二階堂の顔をちらりと見上げる。彼は口角を上げ、目をイキイキとさせて、彩人の意見を待っている。 「モチーフと構図はさっき見たのと同じ感じですけど、こっちの方が完成度は高いですね」  再度、コルビュジエの、ピュリスム後期の代表作を見る。  パズルのような絵だ。モチーフの丸い瓶は、蓋だけは上から見た図だが、胴体は真横から見たそれだ。建築家らしい几帳面さが窺える、秩序の取れた静物の集合体。色調はパステルカラーで統一されている。 「もう少し違う感じの絵も見たいですね」  さっきから似たような絵ばかりを眺めていて、退屈になってきていた。 「正直だな」  二階堂が口角を上げ、喉で笑った。  他の観覧者が集団でやってきたので、二人はライトダウンした通路から退き、順路を辿った。彩人は歩きながら、館内をざっと見渡す。展示物を見るのはもちろん楽しいが、それらを演出する空間にも、特筆すべきものがあった。 十九世紀ホールを囲むようにできている回廊。がっしりした円柱の柱の配置、広々とした通路は、無駄がなくモダンな雰囲気を醸し出している。さすがコルビュジエが設計した建物だ。彼がデザインしたチェアも何脚か展示されていたが、座りたいと思うほどそれらは機能的で洒落たものだった。  彩人と二階堂は、一時間ぐらいコルビュジエや同じピュリスムの代表者オザンファン、更にキュビスムの開拓者であるピカソやブラックの作品を観覧した後、一緒に一階まで降りた。  二階堂は美術のこととなると饒舌になるらしく、ミュージアムショップにさしかかっても、ピュリスム対キュビスムから融合に至る流れを語り続けた。彩人は興味深く聞きつつも、出口の手前で立ち止まった。 「じゃあ俺、あそこに荷物置いてあるんで――」  ロッカールームの奥を指さし、ちょっと申し訳なさそうな顔を作って、彩人は頭を下げた。暗にここでサヨナラだ、と態度で示したつもりだったのだが――。 「待ってるからさっさと取りに行けよ。昼は食べたのか? 食べてないなら一緒にどうだ? 奢るぞ」  最後の一言に、彩人の頑なな心は安易に解けた。腹が猛烈に空いていて、それでもって財布には札が一枚も入っていなかったのだ。
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