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きれい好きな二階堂
「おい、起きろ、家に着いたぞ」
美声が耳に響いた。
彩人はハッと顔を上げた。目を見開く。
玄関のドアと新聞受けが見えた。背中を他人の腕で支えられている。
「さっさと靴脱いで部屋に入れ」
怒りの滲んだ声で言われ、彩人はあわあわしながら靴を脱いだ。
「二階堂さん、これ、いったいどうなって」
自分が記憶喪失になっているのか。
二階堂とステーキ屋でごはんを食べていたのに。なぜ今、自分の部屋の玄関にいるのか。
「なんだこの部屋は。狭いうえに散らかり放題だな」
汚い部屋は大嫌いだ! と二階堂が怒鳴った。彼はどうやらきれい好きらしい。
たしかに彩人の部屋は汚かった。六畳のワンルームにシングルベッドが占拠していて、収納もないし棚も置いていないから、物がそのまま積んである。そのほとんどが絵を描く道具だ。
十連休明けはとくに酷かった。スケッチブック、カンバス、絵筆、絵の具、絵の具がべったりついたパレットがあちこちに落ちている。
「すみません。マジですみません」
とりあえず謝って、彩人はよたよた歩いてベッドに沈没した。眠いし、お腹が気持ち悪い。
「俺は会社にとんぼ返りだ。お前と違って早退なんてできねえんだよ。会議あるし。また夜に来るから」
――あ? なんで来んの? 意味不明。
疑問を覚えたが、口が開かない。気持ちが悪い。
足音が遠ざかり、ドアが閉まる音がする。ガチャガチャと鍵を掛ける音。
ぼんやり一連の音を聞いていたが、突如吐き気が襲ってきて、彩人はベッドからはね起きた。
猛ダッシュしてユニットバスに駆け込み、トイレの便座を上げて嘔吐した。
おええ、と自分の気持ち悪い声を聞いて、また吐き気を催した。
すっきりするまで腹の中のものを吐き出し、水を流して、ユニットバスの中で暫し呆然としたあと、洗面台でうがい手洗いをした。
「いきなり大量に食ったからかなあ」
せっかく高級の肉を食べさせてもらったのに。残念だ。
彩人はため息を吐きながら服を脱いで全裸になった。吐いたときにシャツを汚してしまった。顔にも嘔吐物がついている。気持ちが悪い。
バスの中に入って、シャワーを浴び、バスタオルで体を拭きながらベッドに向かって三歩歩いたとき、また眠くなって床に突っ伏した。
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