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scene .1 プロローグ
――午前三時。警察署。
「ふぁあああ……」
グリズリー巡査は大あくびをした。
大きな体に厳つい目つきをした彼は、出た涙をがさつに拭いながら、時計を見て呟く。
「あと三時間か……」
夜勤はやることがなくて退屈だ。まぁ、昼間だとしても暇なことに変わりないのだが。なぜこんな森の中の署に配属されてしまったのだろうか。
父の背中を追いかけ、彼のようにかっこいい存在になりたくて警察になったところまでは良かった。今の自分は、ただただ帝国から送られてくる書類を処理するだけの機械の様だ。
「こんな仕事ばっかりしてたら身体が鈍っちまうよ……」
独り言ちた台詞は、窓に打ち付ける嵐のような大雨の音にかき消される。
まぁ、やることができたとしても野生動物の捕獲くらいなもんで、こんな大雨の中外に出ないといけないくらいなら、こっちの方がマシか――そう思った瞬間だった。
『ジリリリリリッ』
吹き荒れる大雨の音をかき消すかのように電話が鳴った。
悪い予感しかしない……そう思いながら受話器を取る。
「はい、警察です。どうされましたか? ……はい…………はい…………わかりました。すぐに向かいます」
悪い予感は当たるもんで、案の定、野生動物の捕獲依頼であった。
――こんな大荒れの天気のなか、よく見つけた奴がいたもんだ。そう思いつつ巡回中の札を立て、捕獲用ケージとビニール傘を持つとはぁ、とため息をつき外へ出た。
*****
****
***
土砂降りの中、森の奥から小さな鳴き声が聞こえる。
――みぃ……みぃぃっ
目を凝らして見ないとわからないくらい小さな子猫が、冷たい雨水に打たれ震えながら何かを訴えていた。
――みぃぃっ
真夜中の森。土砂降りの雨。
子猫の悲痛な鳴き声は誰かに届くわけでもなく、虚しく雨音にかき消されていく。
「――――おーい、――――?」
そんなな中、何者かの声が聞こえた気がした。
「――――おーい、どこだー?」
大柄な熊のような男が、ケージを抱え子猫に近づいていた。
「ん? これか?」
男は子猫を見つけると、
「やっと見つけた……」
疲れたように呟いた。
そして、男は持っていたケージの扉をあけ、子猫に話しかけた。
「怖がらなくていい。ほら、餌もある」
ペットフードをケージの中にばら撒きながら、ケージの中へ入るよう促す。
「みっ……」
ペットフードの匂いに惹かれたのか、子猫は小さな身体を揺らし、くんくんと匂いを嗅ぎながら少しケージに近づく。
……が、ちらっと男のほうを見ると、たじろぐ様に後ろに下がった。
「あー違う違う。怖くないから早くおいで」
男がそう言いながらしゃがみ込んだ時だった。
ヒュっと黒い何かが前を通り過ぎた気がした。
「あ、れ……?」
今の今まで目の前にいた子猫がいなくなっている。
そんなはずはない、そう思ってあたりを見回すと、かなり遠くで黒い影が動いている気がした。
追いかけることはできるだろうが、あの速さで動く何かに追いつくことは不可能に近い。……いや、本心を言うと、この視界も足場も悪い中追いかける気なんて起きなかった。
だが、このあと先輩にどやされることを考えると、気が重い。
「勘弁してくれよ……」
黒い影が消えていった森を見つめ、思わずそうぼやいた。
prologue end ***
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