story .01 *** うさぎと薬草と蛇

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scene .1 回り始めた歯車  ガッシャーーーン  静かな森の中、何かが割れたような大きな音がした。  音がした方を見ると、立派だが、どこか隠れ家のような印象の屋敷がある。物音はその中からしたようだ。 「あちゃぁ……」  真っ白な服に真っ白な髪、真っ白な猫の耳と尻尾を生やした少女は床を見ながら呟いた。  床には緑色の液体と、散らばったガラスの破片が落ちている。どうやらこれが物音の正体のようだ。 「また怒られる……早く片しちゃおっ」  そう言って、少女がガラスに手を伸ばした時だった。  ――カチャカチャ――――ガチャ  少し遠くでドアが開く音がした。 「やっば!」  少女は焦った様子で、ガラス片を乱雑にブーツで隅の方へ寄せると、何食わぬ顔をして部屋を出て行った。 ***** **** *** 「お~かえり~ロルフ~遅かったね~?」  少女にロルフと呼ばれたその男は、真っ黒な服に真っ黒な髪、真っ黒な狼の耳と尻尾を生やしていた。  まるで少女と相反するかのような見た目だ。  そしてロルフは少し目を細めて返事をする。 「あぁ、ただいま“シャルロッテ”」  どうやら少女はシャルロッテというらしい。 「その話し方……また何かやらかしたな?」 「い、いやだなぁ~す~ぐ疑うんだからぁ……」  シャルロッテはロルフから視線をそらしながらそう言ったが、すぐ態度に出てしまうタイプのようだ。そらされた視線が向けられた先はさっき彼女が出てきた部屋だった。  ロルフはその視線を追うと、はぁと小さくため息をついてから言った。 「また俺の部屋でいたずらしてたんだろ」  そして、ビクッとしたシャルロッテを後目に見つつ、ロルフは自分の部屋へと向かう。  そう、さっきまでシャルロッテがいたのはロルフの書斎兼実験室だ。  部屋のドアを開け、ロルフは見慣れた自室を見渡す。右側の本棚、ドア正面の机、その横の薬棚――が今朝、自分が見た様子とは違っていた。  綺麗好きのロルフは薬瓶を種類別に並べるのはもちろんのこと、数ミリのズレも無いよう綺麗に整列させている。しかし、綺麗に並んでいるはずの薬瓶が、波を打つようにぐちゃぐちゃになっていた。そして棚の下には緑色の液体と元は瓶の形をしていたであろうガラス片が落ちている。液体の色と荒らされた棚の位置から推測するに、割れているのは、安価なフェティシュが入った薬瓶だろう。  しかし何だ……毎回そう怒鳴ったりしてる訳でもないのにどうしてこうも隠そうとするかな――無造作に部屋の隅へ追いやられているガラス片を見てそう思いつつ、ロルフはドアの後ろから隠れるようにこちらを見ているシャルロッテに話しかけた。 「あのな、シャル……いつも言ってるが、どうせバレるんだから『正直に謝りなさいっ』 「ごめんなさいっわざとじゃないの……」  ドアの隙間から部屋を覗いていたシャルロッテは、ロルフの言葉に自分の言葉を重ねて謝りつつ、とぼとぼと部屋に入った。 「よし、それでよろしい」  ロルフはシャルロッテの方へ体を向けると、彼女の頭をぽんぽんと撫でながらそう言った。 「――怪我はしてないか?」  シャルロッテがこくこくと首を縦に振ったのを確認すると、ロルフは手際よく瓶を片付け始めた。  彼女を一人で家に残し外出すると、その度に何かしら問題が発生するのだ。悲しいことに。  一人にしなければいい、と普通は思うが、一人で簡単に済む用事のために、幸せそうに眠っているシャルロッテを起こすという考えがロルフには浮かばなかった。それに連れていくとなると――それはそれで手間がかかる。  そう言えば。ロルフはつい最近入手した赤い液体のフェティシュのある棚を確認すると、ほっと胸をなでおろした。  それは眼の芽――見た目が眼球の様であるためそう名付けられた――から採取できるものだが、眼の芽を生育できる地域が限られているため、とても貴重且つ高価だ。どれくらい貴重かというと、スポイトの先についた一滴が、先ほど床にばら撒かれた安価なフェティシュ一年分に相当する。そんな高価なフェティシュを床にばら撒かれてしまっては――さすがの俺でも怒鳴ってしまうかもしれない。ロルフはそう思いながら、なぜシャルロッテが自分の部屋に侵入したのか推測がついた。  眼の芽の抽出液は、強い催眠効果があり、その香りはとても甘く芳しい。お菓子に目のないシャルロッテは、棚からわずかに香るその匂いにつられてきたのだろう。オオカミ族であるロルフにさえわずかにしか感じないその匂いを、シャルロッテは部屋の外から嗅ぎつけたのだからとんでもない嗅覚だ。  後でもっと厳重に栓魔法をかけておくか……そう思いつつ、片づけを終えたロルフはシャルロッテに話しかけた。 「シャル、昼食にしよう」 「わぁーい! ごはんー!」  片付けをしょんぼりしながら見ていたシャルロッテだが、昼食という単語を聞いて急に元気が出たようだ。 「昼食の後、さっきのフェティシュの薬草でも取りに行くか。時期も時期だからもうあまり生えていないかもしれないが」 「はーい!」  瓶を割ったことなどもう忘れているんじゃないかと思うくらい元気に走り出したシャルロッテに小さくため息をつきつつ、元気なのはいいことだと思い直すことにしたロルフは、ゆっくりとキッチンへ向かった。
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