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scene .2 桃兎との出会い
秋の心地よい爽やかな風から、冬の冷たく棘のある風にかわる季節。
かすかに暖かい日差しが差し込む森の中で、桃色の髪の少女が何かを探していた。
「あれ……おかしいな……どこに行っちゃったんだろう……」
茂みの中を覗いたり、木の隙間の落ち葉をどけてみたり。どうやら小さなものを探しているようだ。
「また隙間に落っこちちゃったかな……」
そう言ったときだった。
――カサカサカサっ
茂みの中から何かが動いた音がした。
少女はすかさず音のした茂みを覗くと、安心したように呟く。
「もう、こんなところにいたのね」
茂みの中へ入っていくと、少女はしゃがみ込み、愛おしそうに小さなうさぎをその手に乗せて、話しかけた。
「すぐ逃げちゃうんだから。もし知らない人に連れてかれちゃったらどうするの?」
すると、近くで誰かの話し声が聞こえた。
少女にはうさぎの様な耳がついているが、集中して探していたからか、少女の耳が垂れ耳であるからか、人が近づいてきていることに気がつかなかったようだ。少女はびっくりしたように目をパチパチと瞬かせると、茂みの隙間から外を覗き見た。
「どうやら今年はもう見つからなさそうだな……」
「ん~なのかな~」
全身黒いイヌ……いや……オオカミ? 族のような姿をした青年と、白いネコ族の女の子が話しながら歩いている。
犬ならまだしも、狼ってことは狂暴な肉食……? 見つかったら大変。こんなに小さい子、あんな大きなヒトにとってはひと口――と思った時だった。少女の心配をよそに、小さなうさぎは手の中から茂みの外へ飛び出していった。
――カサカサっぴょんっ
「えっなになにっ?」
「どうしたシャル」
「なんか小さい生き物がいる……! 触ってもいいかな……?」
そう言うと白い猫の姿をした女の子――シャルロッテは茂みから飛び出してきた小さなうさぎの前にしゃがみこんだ。
日の当たったうさぎをよく見ると、体が少し透けているようだった。
「ん? あぁ……ニュンフェだな」
「にゅんふぇ?」
ロルフはシャルロッテの後ろからその姿を確認すると、その生き物の正体を伝えた。
「妖精みたいなものかな。――うさぎの形、ということはウサギ族の守護精霊か。そのサイズだとまだ子供だろう」
「ふぅ~ん。私にもにゅんふぇ? いるの?」
シャルロッテはそう言いながら自分の体を見回している。
そんなシャルロッテを見てロルフはクスリと笑うと、小さく首を振ってその問に答えた。
「残念だが、守護精霊は元々森の管理人であるウサギ族やシカ族にしか憑かないそうだ」
「ふぅ~んそうなんだ……」
少し納得のいかないような顔でうさぎの精霊の方に向き直ると、シャルロッテは手を伸ばした。
「おいでー」
するとうさぎはぴょこんと手に乗り、立ち上がって鼻をひくひくさせている。
「わぁかわいい……! 連れて帰ろうよー!」
「んーそうだな、シャル。そうできるといいんだが……」
そう言いながらロルフは辺りを見回す。少し先に「ウサギ族の村“ココット・アルクス”」と書いてある看板があった。
「おそらくそれは誰かの半身だ。近くにウサギ族の村があるから、そこから逃げ出してきたんだろう。ついでだから連れて行って――」
と言ってシャルロッテを立たせようとした時だった。
「だめぇぇぇぇぇ! 食べちゃだめぇぇぇぇぇええっ!」
そう叫びながら、近くの茂みから桃色の髪の少女が草まみれになって飛び出してきた。
「そっその子はきっと美味しくないからっ、たっ、食べるなら、わ、わたしにっ」
少女はスカートをぎゅっと握りしめ、目に涙を浮かべながら小刻みに震えている。何やら勘違いをしているらしい。
――美味しくないって……元々精霊を食おうなんて思ってないんだが。そう思いながら、ずれた眼鏡を直しつつ、ロルフは少女に問いかけた。
「このニュンフェは君の?」
その言葉に体をビクッと震わせ、少女は小刻みに頷いた。
「そっか。だってさ、シャル。飼い主が見つかったんだから返そうな」
「はぁい」
名残惜しそうにうさぎを差し出してくるシャルロッテを、少女は上目遣いで見て不思議そうにお礼を言う。
「あ、ありがとう……?」
「こんなにかわいいにゃんふ、食べたりしないから安心してねっ」
シャルロッテの言い間違えにロルフは再びクスリと笑うと、「じゃぁ帰るか」と声をかけた。そして、来た方向へ体を向けると歩き出した。
「あ、あの!」
少女の声に二人が振り返ると、彼女は上目遣いのまま言葉を続けた。
「もしよければうちに……家に、寄りませんか?」
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