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scene .3 薬剤師のモモ
話によると、少女はモモという名前で、歳は二十歳。薬剤師をしているそうだった。今年はもう見つからないという会話を聞いていて、なんとなく薬草のことだと思ったらしい。
――薬剤師ってだけあって、いろいろ揃ってるな。ロルフは感心したように薬棚を隅から隅まで眺めた。隣街まで出なくてもある程度の常用フェティシュはここで調達できそうだ。
「先ほどは変なことを口走ってしまいすみません……その、オオカミ族の方を初めて見たもので……」
そう言ってモモは、暖かいお茶をお盆に乗せ奥の部屋から出てきた。
「どうぞ」そう言いながら差し出されたお茶を受け取り、軽く口をつけながらロルフは尋ねる。
「この薬棚の薬はすべて君が?」
「はい。私、こんなですけど、いっちょ前に看板持たせてもらってて。それなりに評判もいいんですよ?」
少し嬉しそうにそう答えた後、「あ、よかったら気軽にモモって呼んでください」と付け加えて、モモは自分の守護精霊と戯れているシャルロッテの方へ向かった。
「あーモモー! この子達本当にかわいいねー」
「ふふ、ありがとう。皆もシャルちゃんに懐いてるみたい。めったに他の人の手に乗ったりしないもの」
「そうなんだ! この子達もご飯食べるの?」
「精霊だからご飯は食べないかな……さっき森でロルフさんが言ってた通り、私の守護精霊でね、たぶん私が摂った栄養で生きてるの、かな」
「ふぅ~ん。ってことはモモが皆の分もご飯食べないとなんだね」
「そうかも」
そんな会話をしながら二人は楽しそうに笑い合っている。
――歳の近い姉ができたみたいで嬉しいのかもしれないな。ロルフは二人を眺めながらそんなことをぼんやりと思う。
「そう言えば」
しばらく二人の他愛もない会話に耳を傾けた後、ロルフはここに来てから感じていた、小さな疑問を投げかけた。
「守護精霊って、一人に一体って話を聞くが、例外もあるのか?」
「んー……私にもよくわからなくて」
と前置きしてモモは話し始めた。
「魔術を使えるようになる十歳になると、ウサギ族は守護精霊を憑依させる儀を行うのがしきたりなんです。ウサギ族が、芽の形の痣を持って生まれてくるのはご存知ですか?」
「文献で読んだ程度だが、ある程度は」
ロルフがそういうと、モモは袖をちらっと捲り、自分の痣を見せた。痣というより、鮮やかな緑色で、少し発光しているようにも見える。そしてその形は、新芽というよりは少し成長していて、周りに三つの小さな花が咲いていた。
ロルフは感心しながら、モモの痣を見つめる。百聞は一見に如かずとはまさにこのことで、白黒の図とわずかな説明しか載っていない書物から想像できるものと少し異なっていたのだ。
食い入るようなロルフの視線に気恥しくなったのか、モモはさっと痣を隠して続ける。
「あ、あの、えと、この痣が、儀式の前までは新芽の形をしていて、薄い灰色をしているんです。儀式をすると、痣の芽とリンクした精霊が憑依してきて、今の私の痣のように色がつき、お花が咲く。そして体の成長とともに痣の芽も成長するんです」
「だから精霊と痣の花の色が一致している訳か。それで、その儀式のときに、本来なら一体しか憑依してこないはずの精霊が三体憑依した、と」
「はい。こんなことは、長老様たちも初めてだったみたいで、とても驚かれてました」
そう、モモには先程森で出会った黄色の精霊の他に、黄緑色と水色の三体の精霊がついているのだった。
散々本を読み漁ってきたロルフだったが、確かにそんな事例があるとは読んだ記憶がなかった。三体どころか、おそらく二体憑依した例もないのだろう。文献にない情報を得て色々な仮説を立てつつ、ふと時計を見ると四時半を少し過ぎていた。――あまり長居をすると失礼だな。目的のフェティシュは手に入れたし、そろそろお暇するか。そう思い、立ち上がろうとした時だった。
「モモ、なんだかこの子、元気ないみたい」
「どの子?」
一体のニュンフェがシャルロッテの手の上でぐったりしている。森で出会った黄色のニュンフェだ。
「本当ね……どうしたのかしら……」
シャルロッテからぐったりしたニュンフェを受け取ると、モモは心配そうに頭を撫でたり、顔を近づけたりしている。
「シャル……握ったりしてないだろうな……」
何かをやらかさないようにほぼ一部始終見ていたので、ロルフはシャルロッテが何もしていないことはわかっていたが、念のために質問を投げかけた。
「し、してないよっ。急に元気なくなっちゃったみたいなの。さっきまで元気そうだったんだけど……」
シャルロッテの反応から、彼女が嘘をついていないことはわかる。
何か手伝えることがあれば、と思考を巡らせてみたが、博識なロルフにも弱ったニュンフェの手当ての仕方は思い浮かばなかった。
このままいても看病の邪魔にもなるだろう、そう思ったロルフは、とりあえず今日のところは帰ることにした。
「よかったら、また来てくださいね」
そう言うモモにお見舞いと別れの言葉を告げると、ロルフとシャルロッテは帰路についた。
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