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scene .4 体調不良の薬剤師
「ねーロルフー。モモのとこいこーよー」
「そんなに頻繁に行ったら邪魔になるだろ? 客としてならともかく、シャルはニュンフェと遊びたいだけなんだろうからな……」
後ろからシャルロッテにゆすられつつ、ロルフはウサギ族とニュンフェについての文献を読み漁っていた。ニュンフェの体調不良について、何か有力な情報がないか探しているのだ。
「どーしてー! モモだってまた来てって言ってたのにー」
シャルロッテはというと、前回モモのところへ行ってから、毎日この様子である。そのおかげで、一日で済むような量の文献も、三日経った今日まで閲読しきれていなかった。――どうにかして大人しくしていてくれればよいのだが……そう思いながら、ロルフは部屋に視線を巡らせる。そして、視線が止まったのは薬棚だった。
以前シャルロッテがこぼして無くなった緑色のフェティシュは、モモのところで補充したため、薬瓶いっぱいになっている。その後ろにある深緑色のフェティシュと、その下段にある橙色のゾル状フェティシュの残りがわずかとなっていた。あまり使わないフェティシュだが、まあいいだろう。少しの間、静かな時間を作れそうだ。
ロルフはおもむろに立ち上がると、緑色のフェティシュと橙色のゾル状フェティシュを取り、シャルロッテに手渡した。そして深緑色のフェティシュの瓶を取り、軽く振りながら問いかける。
「回復薬と和みゾルを調合すると何ができる?」
「ほぇ? ……あ、えと、えと……塗り薬!」
突然の質問に戸惑いながらも正解したシャルロッテに、ロルフは頷きながら聞いた。
「調合できるか?」
「できる! ……でも、どして今?」
「和みゾルがそろそろ無くなりそうだからな。使い切ってからモモのところへ買いに行こう」
やる気でないよぉと言わんばかりの顔をしていたシャルロッテだったが、モモのところへという言葉を聞いて、俄然やる気が出たようだ。そして、薬瓶を持ったまま、ロルフの腕を両手で引っ張り、
「やったぁ! やる! 早くしないと日が暮れちゃうよ!」
そう言って、隣の実験室へと向かっていく。――一人でやってもらうつもりだったんだが……ロルフは小さくため息をつきながら、シャルロッテに引っ張られていない方の腕で眼鏡の位置を直した。
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***
――二時間後。
「ふぅぅぅぅぅぅ……」
研究室にシャルロッテの長嘆息が響いた。
魔法陣を用いて行う抽出とは異なり、フェティシュ同士の調合というのは、基本的に混ぜる作業だ。決められた分量を、混ぜるだけ。そんな簡単な作業になぜ二時間もかかったかというと、他でもない。シャルロッテのせいである。
手際の悪さは言うまでもないが、回復薬の入ったビーカーを何度もひっくり返したり、薬棚の瓶を尻尾で落としたり……何度ロルフの「シャルロッテ!」の声が響いたことだろう。集中力がないとか、落ち着きがないとか、そんな言葉で形容しきれる気がしない。――一人でやらせなくてよかった……ロルフはそう思う。
「よし、いいだろう」
「ほんと! やた!」
何はともあれ、想定していた量より少ないものの、一応塗り薬を調合することはできた。そう、“一応”だ。
分量こそあっているものの、なぜかだまになっている箇所があるなど、ロルフが自身で調合した物とはどこか異なる物質が出来上がっていた。
「別にしておくか……」
ロルフは喜んで飛び跳ねているシャルロッテをちらりと見ると、出来上がった塗り薬に栓をして「実験用」と書かれた棚の隅に置いた。
*****
****
***
「長居はしないからな?」
「わーかってるってー」
あれから、時計の長針が一回りほどした時、二人はモモの店の前にいた。
ふんふんふふーんと鼻歌を歌いながら返事をするシャルロッテを横目で見つつ、ロルフは店のドアを開ける。
「?」
お店の電気がついていない。――店休日なのか? そう思いながら部屋を見渡す。ロルフの後から部屋を覗いているシャルロッテの頭の上にも「?」が浮かんでいる。
すると、奥の方からごそごそと物音がした。目を凝らしてみると、何やらこちらへ向かってくる様だ。
「モ、モ……か?」
返答もなく近づいて来る影に、ロルフは少し身構える。
その影の姿がはっきりとしてきた頃、
「あぁ、ロルフさん……すみません……ちょっと、体調がすぐれなくて……」
と、やっと聞こえるような小さな声がした。声の主――モモはふらふらとロルフの近くまで来ると、申し訳なさそうに弱々しい笑顔を向け、言葉を続けた。
「何かご入用ですか?」
「ああ、まぁ、そうなんだが……病院には行ったのか?」
ロルフはモモを近くの椅子に座らせてから質問する。今は和みゾルどころではなさそうだ。
「いえ……熱とかもないですし……でも、なんだかこの子達も元気がなくなってきちゃって……」
モモはそう言って羽織のポケットを少し開け、三体のニュンフェを見せた。元々ぐったりしていた一体以外も、動きが大分鈍くなっている。憑依主のモモの体調がすぐれないためだろう。
「薬は、色々と試したんです。でも、どれも、あまり、効果はないみたい」
そう言うと、モモは目を伏せてニュンフェ達を指先で撫でた。
――そうだ、モモは薬剤師だ。先の質問は愚問だったな……ロルフは自分の言葉に少し反省しながら、一人の人物を思い浮かべる。
「腕のいい術師を知ってる。隣町まで行かないといけないんだが……」
「大丈夫そうか」とモモに聞こうとしたが、隣町という単語に真っ先に反応したシャルロッテが言葉を遮った。
「そうだよ、そうしよう? モモもニャンフェ達も心配だよっ。ゴルトなら絶対治してくれる。なんでも治せちゃうんだから!」
「んーそうね……このままここにいても良くなりそうにもないし……」
「そうと決まれば出発! ぜんはいそげ、でしょ?」
賛成してくれるよね? そんな表情をしながら、シャルロッテはロルフを見ている。
モモの体調が隣町までもつか些か心配ではあるが、確かにここにいても体調は変わらないだろう。もし何かあれば、自分がおぶって行けない距離でもない。そう考えたロルフは、「そうだな」と答えると、モモの前にしゃがみ込みながら言った。
「モモ、隣町までは少し遠い。辛かったらすぐ伝えてくれ」
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