第1章

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 また一人暮らしの老人が亡くなったと連絡が入った。最近、私の務める市の福祉課に、こういう話が持ち込まれるケースが増えている。  アパートを訪問すると、老人のご遺体はすでになく、その代わりと言ってはなんだが、ゴミが堆く積み上がっている。 「今回はけっこう大仕事になりそうだね」  私の姿を見ると、作業着姿の田野倉さんが言った。田野倉さんは、遺品整理のプロだ。すでに何度も仕事をしており、気心は知っている。  食べかけのカップラーメン、封の開いたお菓子の袋、そして、スポーツ新聞や雑誌類。  ただ捨てればいいわけではない。そんなゴミの中に、貴重なものが紛れ込んでいるからだ。田野倉さんと私、そして田野倉さんの会社の若手社員の久保田くんとで分別作業を進めていく。 「これ、タイガースが優勝したときのですよ」久保田くんが驚いたように色あせたスポーツ新聞を開いて見せる。バースの写真が大きく使われている。「星野さんのときですかね?」 「なに言っているんだよ。星野のときにバースがいるか。監督はムッシュ吉田だ」と田野倉さんは少し憤慨して言う。 「ムッシュ?」久保田くんは、ポカンと口を空け、怪訝な顔をしている。だが、興味はすぐに次のものに移る。「あっ、見てください、松田聖子の広告ですよ。可愛いなあ。でも、何ですか、この髪型は?」 「この頃は、女の子がみんな真似たんだぞ。でも、松田聖子のファンにしては年齢が合わない気もする。そうか、息子さんが好きだったんだな」と田野倉さん。 「この長髪の男の人、ギターを抱えて立っていますけど、なんかこのデニム、裾のほうがやけに広がってますね」と久保田くん。 「フォークソングブームの頃だな。このジーズンはベルボトムといって、当時の若者の間で流行っていたんだぜ。ねえ、近藤さん」と顔を私の方に向けて田野倉さんが言う。 「いや、リアルタイムでは覚えてないですね」 「また若ぶっちゃって」と田野倉さんは私をからかう。だが、すぐに「おっ、美空ひばりだ」と別の古い雑誌を手にとる。 「力道山が表紙のマンガ雑誌もあります」と久保田くんも新しい発見をする。 「おもしろいねえ、時代がどんどん遡っていくよ」と田野倉さんはワクワクした表情で言う。宝探しを楽しんでいるようだ。
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