2:落とし穴のその先に

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 今日も筆を取り、想いを込めながら書き込んでいく。  三年目の記念日にアーロンの好きな豚汁と肉じゃがを作ったこと。尻尾を振って喜んでくれたこと。  些細な、けれど大事な思い出だ。宝箱に閉じ込めるように、一文字一文字丁寧に書いていく。  ちなみに、日記はこちらの世界の文字でも書いている。当初は日本語のみだったが、書き取り練習もかねてもう一冊用意した。まったく同じ内容のものをそちらにも書いている。  万が一の時、日本語のは俺が、異世界文字のものはアーロンにと。  寂しがり屋のアーロンだ。俺がいなくなったら寂しさで死んでしまうかもしれない。その時にはこれを読んでもらいたいのだ。今は恥ずかしくて見せられないけど。  あの時どう感じていたのか、どれほど彼を想っているのか。  俺があいつの傍にいた証として。  寂しさで死んでほしくない。少しでも長生きしてほしい。  いつかまた巡り合えるかもしれない、その時のために。  ぼこぼこと音が聞こえ、慌てて立ち上がった。鍋が呼んでいる。蓋を開ければ煮汁が少なくなっていて、急いで火を消した。危なかった。  皿に移し、食卓の上へと移動させたところで、俺の大事なメモ帳がないことに気が付いた。 「あ、アーロン! お前なに勝手に見てんだよ!」 「いいじゃねえか、別に」  いつの間に風呂から上がったのだろうか、アーロンがいた。ピコンと白い兎耳が揺れている。尻尾も揺れていて機嫌がいい。手には俺の大事なメモ帳。それも異世界文字で書いているほうがあった。 「椋人は金持ちの坊ちゃんだったのか?」 「そんなわけないだろ! 返せってば!」 「読ませろよ」  メモ帳を持っている手をひょいと上に上げられてしまえば、俺にはもう届かない。  身長二メートル超えのアーロンだ、差が激しすぎて取り返せない。何度もジャンプしたが無理だった。 「ニホンってのはすごい国だったんだな。平民でもここまで書けるのか。国民は皆そうなのか?」  パラパラとメモ帳を捲りながら驚かれる。こちらでは書くことができない平民のほうが多いので、そこでも差を感じた。  当たり前のように受け入れて、当たり前のように日々を過ごしていたけれど、日本では恵まれた環境にいたんだと、彼との会話でいつも再認識する。今さらだけど。
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