2:落とし穴のその先に

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「なあ椋人。これを売ってみねえか?」 「は? なに言ってんの?」 「本にするとべらぼうに高くなっちまうから無理だが、新聞のように一週間に一枚という感じで売るんだよ」 「こんなものをか? 文章もへたくそじゃね?」  返してもらい、ペラペラと捲る。読み書きの練習も兼ねているため、文字も文章もへたくそで、自分としてはこれで金をとるのはどうかと思うレベルだ。  俺たちの思い出を見せることにも多少抵抗があるが、それよりもへたくそすぎて恥ずかしい。しかもこれだと恋愛小説になってしまう。 「堅苦しい言葉じゃねえから読みやすい。文章もきちんとしてるし、へたくそではないだろ」  ポンポンと頭を叩かれて、指が俺の髪を梳く。 「辛うじて読めるって平民が大多数だが、それでも新聞を購入する者らがいる。みんな読み書きしてえんだよ。だからお前んとこに子供を通わせてんだ」  彼の言葉に、なるほどと理解した。 「そっか。そういう人たちにとってちょうどいいのか」 「おう。新聞もお堅い書き方してっからな、金持ちはスラスラ読めるが、文字の勉強をしている商売人でも読むのは大変だ。お前のは読みやすいし、なにより親しみやすいだろ。こういう話は好かれやすい」  運命の香りとか奇跡の出会いとか、たしかにこの世界の人たちはそういうものが好きなのだとは思うが、俺なんかが書いたもんだ、売れるだろうか。不安しかない。  確かに読みやすいかもしれない。簡単な言葉遣いで、簡単なスペルしかまだ知らないからだ。それでも平民以上だと彼は言うが、自分からしたら子供並みのものだ。 「専門書ばかりでこういう物語の本ってえのはほとんどないからな。しかも高価だ。だから平民らの新しい娯楽になる。俺が保証する。それに本当のことを書く必要はねえからな」  ちらりと視線を上げれば予想以上に優しい目つきで見られていて、ドキリと心臓が鼓動を打つ。 「絆の強さを自慢したいってえのも、本音」  ニカリと白い歯を出して笑われたら、もう落ちるしかない。こいつは本当にかわいい。こんなにもでかい図体しているというのに。  二メートル越えの身長のマッチョな兎男が、俺との愛を見せびらかしたいという。それだけ絆が強いのだと周囲に自慢し、俺を独占したいのだという。しかし本当のことは自分たちだけの秘密にしたいと。  なんて可愛いやつなんだろうか。
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