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「試しに最初の部分、この、お前が別の世界からやってきたってところだけでも書いてみたらどうだ? 別の世界じゃなくても、架空の国からでもいい」
そう言われて、ひとつの光景がぶわりと目の前に浮かんだ。
荒野に立つ、一人の甲冑の騎士。見つめる空には雲がぽかりと浮いている光景。
異世界に飛ばされる前に空想していた世界だ。
雲の上には彼の国がある。故郷を想いながら広がる砂漠を一歩、また一歩と進んでいく騎士の顔は暗い。
進むべき道が見つからないのだ。どうすればいいのかわからない。
大地の先には小さな緑の点。そこに何があるのか、彼は知らない。しかし彼はそこを目指して歩いていくことにした。
砂に足を取られながらも、歩いていく。
思うように進めないが、重い足をなんとか踏み出しながらも緑を目指してまっすぐに歩く。
何かがあるかもしれない。何もないかもしれない。
行ってみないとわからないのだ。
大きな不安と恐怖。期待などなかった。
それらと戦いながら一人、騎士は歩いた。
どのくらい歩いただろうか、途中、一人の傭兵と出会った。
体格のよい男。騎士のようにかっちりと甲冑を着こんではいないが、鉄製のプレートアーマーと皮の防具を身に着けて、大きな剣を背中に背負っている。
騎士よりもより実践的な、動きやすそうな恰好だ。しかし頭部にはふわふわと可愛い兎耳。
――俺と共に行かないか?
傭兵が緑を指さし、言う。
――一人で砂漠を進むのは大変だ。しかし二人であれば問題ない。数々の困難も二人なら乗り越えられるだろう。
彼は提案する。それは騎士にとって、とても魅力的だった。
――喜びは二倍になるぞ。
ニカリと白い歯を見せての笑顔。
騎士は後ろを振り返った。一面の砂漠の上に自分の足跡だけが残っている。その先の空には故郷の国。
いつの間にか、故郷は自分の後ろにあった。
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