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救いは彼女の涙がデバイスのどこにも記録されていなかったこと。
彼女は死を受け入れてから、悲しみのログを記録させなかった。そのかわり加えられた幸福な日々へのハイライト。
鮮明に浮き上がった私たちの日々。
悲しみのかわり記録されていた私の言葉。
彼女の網膜を見つめて呟いた懇願の言葉。
忘れないで、忘れないで、忘れないで、私を忘れないで。
愛している、離れたくない、もっと触れていたい。
ぬくもりが欲しい、匂いが嗅ぎたい。
泣きながら私は彼女に言う。
私を忘れないで。
彼女のログも私に語りかける。
私の網膜に表示されていく彼女の履歴、ヒアラブルデバイスを震わせる言葉、流れ去る二人の物語のテキスト、膨大な文字列、膨大な想い。
ほかの誰かを愛してもいいから、忘れたりしないでね。
あなた以外はいらないし、忘れたくても忘れられないよ。
私たちは記録されるものね。削除も上書きもできない。
このデバイスが壊れても私はあなたを忘れない。からだと心にあなたのぬくもりが刻まれているから。
だから、忘れられない、忘れられない、忘れられない、あなたを忘れられない。
私は何度も何度もテキストを再生する。
2テラバイトに記録された彼女の人生、彼女の言葉。
忘れないでと私に語りかける彼女の記録。
忘れられないと答える私の心。
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