私を忘れないで

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剥がれかけた壁紙が燃え上がった。 火の粉が彼女の物語を真紅に染めあげる。 首筋のあたりでジュッと何かが焦げる音がした。何日も洗濯していない服が炎に包まれた。風の勢いで跳ね上げられた細い腕はもう枯れ枝のようだ。 彼女の物語がかすかに歪む。 彼女を見つめる私が歪む。 つかんだ彼女の手が見えなくなった。 嫌だ。 言葉にしようとして口を開き、舌が焼かれた。 熱波が私を吹き抜けた。 あたたかい。 彼女のぬくもり。 あたたかい。 焼かれる視界、消滅していくテキスト、炎の向こうに消えた少女の私と彼女の腕。 燃えて抜け落ちていく私と彼女の物語。 私は私のデバイスに語りかける。 私を忘れないで。 決して削除しないで。 ここで待っているから。あなたがレンダリングの果てに私を見つけ出すことを。 私を理解して。 私を読み解いて、1キロバイトのテキストデータも、自動生成された事実の羅列も、あなたに送った最期の言葉も。 私を忘れないで。 5テラバイトの私の物語。 私を忘れないで。 私を感じて。 このログで。 お願いだから、私を…。 忘れないで。
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