鬼人、走る!

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 昭和四十年頃の話だった。  東京でオリンピックが開かれ、もう戦後ではないと言われていた頃、そんな事とは無縁の寒村に、澤地豊雄と言う若者がいた。  彼は、村でも異質の存在だった。  村人とすれ違っても、会話はおろか、挨拶すらしない。いや、正確にはしてもらえない。  豊雄は、何時も(うつむ)いて、相手が通り過ぎるのを待っていた。  彼が会話するのは、子供と極一部の人だけだった。それに、不思議と野犬になつかれた。  彼は、土地持ちの家に生まれ、働く事もせず、家の敷地内に建つ蔵で一日中閉じこもっている事が多かった。  そんな内向的な青年が、あんな事件を起こすとは、誰も予想していなかった。  六月六日午後六時に、事件は決行された。  豊雄は蔵の中で、以前から用意していた道具を身に付けた。  まず、詰め襟の学生服を着る。  これは、黒い服が夕闇に(まぎ)れるのに都合が良いからだった。  その上から帯を巻いた。  見た目は変だが、日本刀を差す都合が有ったから仕方がない。  地下足袋を履き、ズボンの裾が邪魔にならないように布を巻いた。  頭に手ぬぐいでハチマキをし、そこに懐中電灯を二本、左右に固定した。
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