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Tは、体を揺らさない。 サイリウムも振らない。ただじっと、ステージの端で跳ねる、あの子だけを追って目を離さない。 床に落ちては巻き上げられる、観客のすえた汗のにおいもたぶん鼻に届いていない。 そのくせ、あの子に手を振られたりなんかすると、顔を下げて目も合わせない。 Tは、会話ができない。 あの子にハグされたあと、一つも声を掛けることができない。 きっと全身の皮膚が死んでいて、彼女のぬくもりを感じることもできない。 あの子のブログにはコメントをしているらしい。毎日しているらしい。 だがダイレクトにはコミュニケーションを取れない。 あの子は、そんな彼をばかにしない。 が、同僚たちのように、あるいは僕のように、呆れたような軽蔑するような、そんな色が目に浮かばなくもない。 それ買ってくれたんですね、とあの子が、Tのシャツを、あの子のイニシャルが入った公式のシャツを指差したが、Tは答えない。 そしてその時間はなかなか終わらない。
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