朝までの、月

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*** 「あれ? もう帰るの?」 まだ眠気の抜け切らない瞳をくるりと返し、男は細く伸びた女の手首のあたりに指を滑らせた。 「もうじき、夜明けだもの」 いつもこうだとため息まじりに、無理やりに上体を起こそうとするのを、女はそっとお断りする。 いくら自分が愛してしまったのだとは言え、女とはなんと気まぐれな生きものなんだろう。 いいから寝ててと言わんばかりのそっけない態度ともとれるが、それが女の優しさでもあるのだろう。 「朝日を浴びると灰になるとか?」 見送りには精一杯の笑顔を心がけたい。気まぐれな女とは次にいつ会えるかなんてわからないからだ。 「そう、かもね」 身支度の整った女の口角が、わずかに上がるのを確認し、ほっとすると男は再びまぶたを閉じた。 誰にも気付かれていないのだろうが、窓から見える空は白々と色を変え始めている。そこには、女のうっすらと上がった口角に似た、か細い月が白く微笑んでいる。 ふたりの事もまた、誰も知らない事でなければならない。 すべては月だけが看ていた物語である。
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