エピローグ

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エピローグ

まぶしい光で目が覚める。 かすかな木の匂いと、澄んだ空気が鼻をくすぐった。 「ここは……」 徐々に覚醒していく頭の中で———— 「ルディナ……!?」 俺は思わず身体をバッ、と起こす。 起き上がるためについた手の感触はふわり、としていて、一瞬で自分がベッドに居たことに気付く。 それよりも、この感触は他でもない————。 「まさか、ここは……俺の家……? そんな」 「起きて早々、女の名前を叫ぶとはよォ……」 その声は————— 「ラルフ……!?」 俺は部屋の隅にラルフの姿を見つける。 それから、布団を慌てて飛び出して俺は————ラルフに、真っすぐに抱き着いた。 「オゥ!?」 ————全身にもふもふ、と柔らかい毛の感触が心地よい。 ————紛れもない、ラルフだ。 「無事だったんだな! それに、聞いてくれ。呪いが解けたんだ! もうこれで……」 俺がそう言いかけると、頭に大きな手の平の感触がして、無理やりにグイッとその身体から引き剥がされる。 「んん……ラルフ?」 俺はラルフを見上げる。 するとラルフは宙を見つめて、恥ずかしそうに左頬を掻いていた。 「オメェなァ……」 その時————ガタリ! と、突然物音がした。 その物音は、先ほどまで寝ていたベッドの下から聞こえたような気がしたが————。 「ん? ネズミでもいるのか……?」 「気のせいじゃねェ……のか?」」 そう呟くラルフは、やはり頬を掻いたまま、こちらを見ようとしない。 「まぁいいか……。それより、ラルフ、なんで俺を引き剥がすんだ」 すると、ラルフはやっとこちらをチラリと見る。 それから「あァー……」と何やら、考え込んだ。 「……こんなところ、他の奴らに見られたら、オレが恨まれかねねェからな。……そういうことに……しといてくれ」 「そうか……?」 俺はその会話を切り上げ、魔女の城からここにいるまでの経緯を聞くことにした。 「ラルフ……なぁ、なんで、俺はここに……? それより、みんな……ユウリ、ギル、サムは……?」 俺はそういうと、ラルフは「ギル……?」と呟いたが、すぐに元の顔に戻る。 「あァ……オレはしばらく武器庫で休んでから、オメェを探しに行こうとした時だった。突然、城全体が光りだしたと思ったらよォ……気を失ってよォ。……気づけば、全員この村に転送されてた。……心配しなくても全員無事だぜ」 「そうか、良かった……」 「なァ、オメェは呪いがもう解けたって言ったが。魔女との闘いには勝った……ってことでいいのかァ?」 「あぁ、そうだよ。正確には闘ってないけど、まぁ勝ち……そうだな。……皆が助けてくれたおかげだ。……ところで、皆はもう目覚めたのか?」 するとラルフは「やれやれ」とでも言いたげに、ため息を一つ付いた。 「……あァ、オメェだけ……そうだな。丸三日は寝てたぜ。魔女の毒気が抜けるのに時間がかかンだって、ギルバートの野郎が言ってたぜ」 ————丸三日。 そんなに眠っていたのか。 まるでこの状況————。 「……また、か。こんなに眠っていて、起きればラルフに心配されて……。初めに魔女の呪いを受けた時みたいだな。まぁ、あの時とはもう全然違うけどな」 俺はそう言って、笑う。 すると、ラルフはフンと軽く鼻を鳴らして、それから心配そうにこちらを見つめた。 「なぁ、エル……もう、身体は平気か?」 「あぁ、気分がいいよ。身体が軽く感じるくらいだ」 「そうか、それは良かったな。……じゃ、オレはサムの野郎を呼んでくる。ギルバートの奴が、ただ寝てるだけだって言ったンも気にせず、ずっとオメェの横に居たんだ。……余りにもアイツが休もうとしないから、さっきオレが代わったンだからな。……流石に悪い」 「……そうか、ありがとう」 するとラルフは軽く別れの挨拶といった風に手を挙げ、俺もそれに応える。 そして扉へ向かい————ドアノブに手をかけたところで、ラルフは固まったように立ち止まった。 その不可思議な様子に、俺は後ろから改めて声を掛ける。 「……どうかしたか? ラルフ」 「オレとの約束忘れてやがったら、承知しねェからな」 「約束……?」 「あァ……!? その、ど、オ……オレと、ど、ド……ドーナッツ、食べるって……言った、だろうが……よォ」 ラルフがこちらを見ずに扉を向いたまま————どんどんその声が小さく萎んでいくものだから。 思わず俺は笑ってしまった。 「……もちろん、忘れてないよ。絶対行こうな」 そう言うと、ラルフはやはりこちらを見ずに無言で小さく頷いた。 そしてドアノブを回し、扉を開いて外へと出ていった。 俺はそれを見届け、またゆっくりと布団に戻った。 * それから、ほんの少し————10分と経たないうちだった。 廊下からドタドタと大きな足音がして、扉が勢いよく開かれた。 「……エル!!!」 「!」 そこには————サムの姿が。 走ってきたのか、髪は乱れていて、額にはうっすらと汗が滲んでいた。 「サム」 「エル……おかえり」 サムはそういうと、俺のベッドへと勢い良くダイブして、俺に抱き着いた。 ふわり————とサムの匂いと、柔らかな体温に包まれる。 「ちょっ……と、サム、いきなり”積極的”だなぁ」 すると、突然目の前に、にょっ、と現れたサムの顔が———— みるみると、火が点いたように真っ赤になっていた。 するとサムは、俺を抱きしめた手を直ぐに放すと、俺の肩を突き放すように押す。 「うわっ」 「バッ……エルはすぐそう、茶化す、んだから」 すると、やはり恥ずかしかったのか、サムはすぐにベッドから出ようとする。 俺はそのサムの腕をすかさず掴むと、ぐっと力を入れてベッドに引き戻し、ガッチリと抱きしめる。 「もう離さないぞー!」 そうして、離れようとするサムと、がっつり掴んで離さない俺の攻防————が、ベッドで繰り広げられることになった。 「やめっ」 「えいっ、おりゃ!」 「……くすぐったいよ、エル」 「じゃ、これでどうだ!」 「ははっ、んッ、だ、ダメだって……! こう……こうさんする!!」 ————そして、その勝敗は、抵抗を諦めたサムの負けだった。 そしてベッドに向かい合うように寝っ転がる。 間近にはサムの整った顔がある。 サムは暴れまわった興奮が収まらないのか、やはり恥ずかしいのか————顔色こそ落ち着いてきたものの、視線は先ほどから少し泳いでいる。 「なぁ……呪いが解けたら、続きをしようって言ったこと……覚えてるか?」 そういうと、サムの顔はまたみるみると赤く染まっていく。 ————サムはこんなに恥ずかしがり屋、だったんだな。 ずっと憧れていたサムの思わぬ一面が見られて————愛おしい気持ちが止まらなくなる。 「う、うん……」 「……もしも良ければ、 ”目を瞑って” くれ」 そう言うと、サムは小さくこくん、と頷いて、その瞳をゆっくりと————閉じた。 ————余りの至近距離に、サムの睫毛の一本一本まで、よく見える。 俺はドクン、ドクン、と高鳴る鼓動を感じながら、 サムの顔にゆっくりと近づけて———— 突然、背中にドン————!  と、大きな衝撃が走った。 それは間違いなく、ベッドの下から与えられた物理的な力————。 「……なんだ!?」 俺は目を開いたサムと、思わず顔を見合わせる。 すると、ベッドの下から「イタっ」と可愛らしい声が聞こえてきた。 そう————そこに、現れた人物は————。 「離れて!!! ボクの目の黒いうちは、おにぃは渡さないもん!!!」 ————ベッドの下から、小さな身体を折り畳みながら出てきた、ユウリだった。 「ユウリ……!?」 サムはいつの間にか、俺の傍————ベッドから出ていて、部屋の隅っこへと移動していた。 何事もなかったかのような態度を装っているが、その顔はまだほんのりと赤かった。 「……ひどいよ、おにぃ。どうして、目を覚ましたのにボクに一番に会いに来てくれなかったの」 「会いに……って、ユウリ、初めからベッドの下に居たんだろ! ……って、それは言い訳にならないか、ごめんな」 すると、ユウリは「ふんっ」と頬っぺたをめいいっぱい膨らまして、顔を逸らす。 その様子から ”プンスカプンスカ”と効果音が聞こえてくるようだった。 「でも……どうして、ベッドの下なんかに……?」 俺はそう問いかけるが、ユウリはやはり、顔をぷいっと横に向けたまま。 「……だって、そろそろ毒気も抜けて目覚める頃だろうから、”邪魔しろ” って、ギルバートさんが」 「え、”ギル” 、が……? なんで、邪魔って……って、え?」 ギル、と発した瞬間に、突然の寒気に襲われた。 その原因は————ユウリから放たれる恐ろしいほどの殺気、だ。 「おにぃ……? どういうこと? なんで? なんで、そんな親しげにギルバートさんを呼ぶの? どういうこと? この前まで普通だったよね?」 「いや、それは……」 ユウリの瞳がまた、焦点が合っていないように、空を見つめる。 俺はあまりの殺気に、助けを求めてサムを見つめると———— 「!」 サムも、何故か————失望、したような視線を俺に向けている。 「いや、待てって……これには、深いわけが……って、別に、深いわけは、ないけど」 「なに、おにぃ。早く言ってくれなきゃ、ボクは待てないよ」 「……エル、どういうこと?」 「そ、それは……」 俺が慌てて釈明しようとするも、あの時の事を話せば、 ギルバートにキスされたことを口に出してしまいそうになり————。 (どうするか————?) 俺が困り果てた————その時だった。 部屋中が一瞬にして、漆黒の闇————に、塗りつぶされた。 「なんだ!? 敵!?」 「わぁっ、何も見えなっ」 俺には手元の布団の感触だけが残されて、それを確かめようとする。 途端————腕を掴まれ、それに引っ張られるようにベッドから降り、駆け出す。 「誰だ……!? まさか、ぎ……ギル?」 ————腕を引く相手からの声はない。 そのまま扉の開く音がして、部屋を飛び出して、廊下を飛び出して、家の玄関を飛び出した————。 一気に、視界を覆っていた闇がぱっと晴れる。 眼前に広がるのは————久しぶりに見る————故郷の村の景色。 そして腕を引く相手————その姿が目に入る。 「……ギル!」 「直ぐに俺だと気づいたことは……褒めてやるよ」 しかし尚、ギルバートは俺の腕を引く力を止めず、駆け出したまま。 俺はそれに精一杯付いていくように、足を懸命に動かす。 そうしなければ、転んでしまいそうだったからだ。 「窮地を救ってくれた王子様……ってほど、楽観的な状況じゃないか」 「なんっだよ、それ」 「なぁ、ギル……どこに向かってるんだ? このまま逃げ出したら、村で戦争が起こりかねないんだが」 俺の軽口にギルバートは素直に「ははっ」と笑ってくれる。 そこに、かつての嘲笑の響きはなく、純粋に今が楽しくて笑っているようだった。 「邪魔の入らない所だ。……今回、城での功績でいえば、俺が一番だと思うんだが、なぁ?」 「邪魔の入らない所って……まぁ、確かにギルが……いてくれなかったら、魔女の真意にも……気づかなかったし、皆に、本当のことも、伝えられなかったけど……!」 ギルバートは駆ける足を止めない。 前を走るギルバートが後ろの俺を振り返る。 ————それから、挑戦的な笑みを俺に浮かべる。 「はぁ……じゃ、俺に、感謝……してるか?」 「感謝してるけど……そりゃもう、な。ふぅ。……だけど、何を企んでるんだ……怖いぞ」 そのまま俺とギルバートは村にある森に少し踏み入る。 木々に囲まれる中、視界から隠れると判断したのか————ギルバートは、俺の腕を引くのを止めて、その場に立ち止まった。 ギルバートも、急に走った俺も、その場で少し荒くなった息を整える。 「……感謝してるなら、褒美を与えるものだろう?」 「褒美って……」 「俺のために料理を作ってくれるって言っただろう? 今晩は邪魔の入らない所で、飯を食おう、俺と。……なぁ、それくらいは許されるだろう?」 「もちろんいいけど……、何が食べたいんだ?」 そう問いかける俺に、ギルバートは「そうだな」と呟く。 それから少し考える素振りを見せたが、やがて———— 「お前が作る物なら、なんでもいい」 と言った。 「なんでもいいって、一番困るんだけどな」 その時————物音、を微かに感じた。 後ろから、ダダダッと駆ける足音。 そして木の葉をパリパリ踏む音。 小さい影ながら、サムとユウリが森の入口から走ってくるのが見えた。 その後ろにいるにも関わらず、大きく見える影————は、やれやれといった風なラルフか。 「おにぃ……許さない、ボクから逃げるなんて……許さない許さない許さない……」 「エル……! なんで逃げるんだ!?」 「起きてすぐこれか……世話が焼けるなァ」 ————間違いない。 俺はギルバートに視線を向ける。 後ろの人物が誰なのか、ギルバートも察したようで、大きくため息を吐く。 「なぁ、このまま2人で世界の果てまで逃げ出すっていうのも、案外ロマンチックだと、そう思わないか?」 「最終的にユウリに殺される未来が見える————ッ!」 兎にも角にも、逃げてもどうしようもないとわかってはいるけれど。 今はほとぼりが冷めるのを待つしかない————そう、本能がそう告げていた。 今度は俺がギルバートの腕を取って、走り出す。 ギルバートはそれに黙って従い、息を切らしながらも、一緒に走る。 「……お前は、はぁ。……本当に厄介な奴、だな。……大嫌いだ」 「……流れるように悪口を言うな、ギル」 「……愛だよ、俺なりのな」 後ろで俺の名前を叫ぶ声————ラルフ、ユウリ、サムの声が、聞こえる。 息を切らしながら「バカみたいだ」と、素直に笑うギルバートの声が、聞こえる。 そうして、俺の平凡な日々はこれからもまた、訪れない。  * ~ END ~ 『魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺』
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